104.兵卒ども、逃げ惑う
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城の外壁に着弾した雷炎の矢は、すぐに実体に戻っていった。
無傷で正門の守りを突破した雷火の奇襲部隊は、器用に壁を伝って三階のバルコニーに辿り着く。
「侵入成功。このまま標的の元へ行く」
この場にいるのは隊長を含め、三人。
ヒト型獣人の隊長と、部下のヒト型と獣型。それぞれ一人ずつの編成だ。
残りは別の場所に着弾したか。空を守っているグリフォンに喰われたか。どのみちこの作戦は成功する確率が低い、一か八かの賭けでもあった。この人数でも御の字だ。
「隊長、標的の居場所はどこでしょうか?」
「亜人の子供と聞きましたが……この人数でやれますか? 不安だなあ……」
意気込んでいる隊長とは対照的に、部下の二人はとても頼りない。
耳も尻尾も垂れ下がっていて、怯えているのがバレバレだ。
獣人は感情が身体の端々に見えてしまう。
情けない部下の態度に、隊長は彼らを叱咤する。
「ええい、弱気になるな! 死んでも作戦は成功させろというのが族長の命だ!」
「でも、隊長も言ってたじゃないですかぁ。今回の襲撃作戦、反対だって。乗り気じゃないの知ってるんですよ」
はあーあ、と部下の一人が肩を落とした。その横では、もう一人がやる気もなさそうに地べたに伏せをしている。
「ばっ、馬鹿! そんなこと他の者に聞かれたらどうする!? 口を閉じろッ!」
「むぐぐっ――」
けれど隊長の手を払いのけて、部下はなおも食い下がった。
「そもそも、あんな人間共の言うこと聞いてるって時点で、皆イヤイヤに決まってるじゃないですか」
「作戦自体はいいけど、面白くはない」
この場に誰もいないのをいいことに、部下たちは不満を募らせていく。
彼らの意見は、隊長の彼も思うところだ。しかし、長の決断に彼を含めた将校たちは従った。
――あの時は、従うしかなかったのだ。
「お前たちの言い分もわかるがな……これは一族の為でもあるのだ」
雷火の住処に人間が侵入してきた時、彼らは話し合いと称して雷火たちを実質的な支配下に置いた。
彼らは雷火たちがどれほど束になっても敵う相手ではない。そんな奴らに住処を把握された。
すなわち、彼らの気分次第ではいつでも滅ぼせる状況になった、ということでもある。
それを引き合いに出されたなら、一族を守るために長のルプトが取れる選択は一つしかなかった。
――と、隊長は理解していた。
しかも今回の襲撃には、監視するようにあの人間たちの仲間の一人を傍につけるという徹底ぶり。
これでは出した牙を引っ込められない。和解の道など絶たれたも同然だ。
そもそもの話、雷火の長であるルプト・マグナルィヴは争いを好む性格ではないのだ。
魔王の封印が解かれるたびに、他の亜人の一族は彼の元に兵力を送った。
魔王を助けるため。人間に一矢報いるため。理由は色々あったろうが、雷火はそれに不干渉を貫いてきた。
わざわざ争いの渦中に飛び込むものではないと、雷火の大狼が止めていたからだ。
――ゆえに、長の決定は絶対である。
彼から隊を預かった身である隊長は、それを肝に銘じているからこそ部下を静かに諫めた。
「だから――」
隊長が何かを言いかけた。その瞬間。
彼の背後から、大きな怪鳥が姿を見せた。
「だれぇ?」
三人を眼下から見下ろす影は、グリフォンだった。
ここに来る時に空を飛び回っていたのを見ている。それが侵入者を察知して追いかけてきたのだ。
「いかん! 逃げ――」
部下に指示を出す前に、グリフは前脚を振り上げて煩い輩を踏みつけた。
主人であるモルガナに、見たことのないやつは全部餌だと教えられている。
腹ペコグリフォンは、よだれを垂らしながら目の前の獲物に飛び掛かった。
「たっ、隊長ォ――!」
グリフォンの巨体に下敷きにされた隊長に、部下の二人――レコフとラオシャは狼狽える。
逃げろと言われたがすぐに足は動かなかった。
眼前の光景を呆然として見つめていると、踏みつけた足元からいきなり炎が立ち昇る。
「なに? あついよぉ!」
雷炎はグリフォンの足に纏わり付いて離れない。
突然のことにグリフは混乱して、翼を広げて暴れまわった。
風圧が燃え盛る雷炎を徐々に鎮火させていく。
二人はそれをみて、はっと我に返った。
「い、いまだ。今のうちに逃げよう!」
「そ、そうだな。あの様子だと隊長、無事だし……生きて食われるのなんて御免だ!」
注意が向いていないところで二人は脱兎の如く駆けだした。
バルコニーから城の内部に入ると、出口を目指して突き進む。
最早任務などどうでもいい。今は生きて帰るのが先決だ。というのが二人の総意だった。
隊長の頑張りを無駄にするかのような行いだが、死にたくないのだから仕方ない。
「追ってきているか!?」
「わからん! でも、これなら逃げ切れそうだ――っ」
息を切らせて走っていると、突然足に痛みを感じてレコフは蹲った。
暗闇の中、それを探ると……靴裏に何か張り付いている。
「な、なんだこれ」
手探りで触ってみると、それは細かい鉄の刃だった。
それが靴を貫通して足裏に突き刺さっている。この状態では走るどころか歩くことさえ難しい。
「どうした!?」
「わからない。でも罠がある。気を付けてくれ」
城内に至る侵入経路を塞ぐのは定石だ。
そこに考えが至らなかったのは、二人の経験不足もあり隊長が不在なことも大きかった。
「罠があるなら迂闊に進めない。一度バルコニーから外に出よう」
「外に出るって、あのグリフォンがいるじゃないか。無理だ」
「お前は俺の背に乗ってくれ。あのクソ鳥からは何とか逃げ切ってみせるよ」
――なんて話していると、バルコニーの窓を突き破ってグリフが城内に乱入してきた。
「おなかすいたぁ!」
二人を餌としか見ていないグリフは、それ以外目に入っていない。
狭い城内で飛び上がると、二人の頭上から思い切り踏みつけてきた。
瞬きすら許さない、あっという間の強襲に二人は逃げる暇もない。
しかし、運が良いのか悪いのか――床を穿った一撃はボロ城には些か強すぎた。
衝撃で床が崩落して、二人と一匹は階下に落下していった。