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103.老骨、身を粉にする

 

 そこかしこから感じる獣臭さに、ムァサドは鼻を鳴らして顔を顰めた。


「そろそろ来るとは思っていたが……嫌な匂いだ」


 水にぬれた獣の匂い。

 森の奥から漂ってくるそれに、彼は警戒を強める。


 ムァサドの持ち場は城の裏手。

 警戒を怠れない場所だ。そこに張り込んで、数分。


 襲撃者である雷火の雑兵は、予想通りにこの場所に攻め込んできた。


「貴様、獣人だな?」


 雷火の一人がムァサドを見て問う。

 彼の問いかけは言外に、組する相手を間違えていると糾弾している。


 しかしムァサドはそれを一蹴した。


「儂は魔王の先兵だ。それは今でも変わらんよ」

「すでにいない主だ。そんなものなど捨てて我らと共にこないか? 次の魔王の座に付くのは我らが長、ルプト・マグナルィヴ様だ。見限ったところで誰も――」

「お前たちの戯言、欠伸が出るほど退屈だのう」


 顎門を開いて欠伸を零したムァサドは、目の前に並んだ襲撃者たちを睨みつけた。


「講釈を垂れている暇があったら、やるべきことがあるのではないか?」


 言い放って、四肢を地面につける。

 雷火たちがムァサドの臨戦態勢に身構えた直後、一陣の風と共に彼の姿が闇の中に消えた。


 否――消えたのではない。

 彼らの視界から一瞬のうちに逸れただけだ。


「なっ――」


 雷火たちがそれに気づいたのは、彼らの背後に現れた気配を察知したから。

 しかしそれも欠伸が出るほどに遅すぎる反応だった。


 振り上げた前腕は、簡単に体躯を押し潰す。

 肺を潰され、圧殺された仲間に気付いた兵を、腕を振るってなぎ倒す。


「――っ、速い! 背後を取られるな!」


 ムァサドの奇襲に、雷火は雷炎となって彼の爪撃から逃れる。

 それに攻撃をしても、ムァサドの爪は空を切るだけ。


(やはり先のように背後を取るのが最善か)


 雷炎に触れても彼の身体にダメージは殆どなかった。

 ローゼンが作ってくれたミスリル鋼の鎧のおかげだ。頑丈なうえに軽量。おかげでムァサドの長所である速さを活かした戦いができる。


 ムァサドは自身を老いぼれであると揶揄する時もあるが、彼の身体能力はいまだ現役。地上を走らせたら彼に追いつけるものはいないだろう。


 故にこの雷火たちでは彼を止めることなど不可能。

 いかに強い能力でも当たらなければ意味がない。そしてこの暗闇では夜目が利いても、誰よりも早く動けるムァサドを捕らえることは出来ない。


 しかし、あの雷火の長は別物だ。

 ルプト・マグナルィヴは、こんな雑兵とは比べ物にならない。


 かつて魔王の座を争った、千年前の雷火の長。当時の族長と比べても遜色ない実力を持っていると聞いている。

 獣人という括りで見ても格が違う、というのがムァサドの所感だった。


「ならば雑魚はこちらで請け負うしかないな」


 にやりと笑って、ムァサドは地面を蹴る。


 雷炎に変化している間は攻撃が当たらない。しかし奴らもずっと変化できるわけではない。いずれ限界が来る。

 故にこれは我慢比べだ。どちらが先に根を上げるか。


「ふははっ、儂は狩りが好きでな。手ごわい獲物ほど楽しめる。簡単に狩られてくれるな!」


 歯牙を剥き出して、ムァサドは吠えた。



 その直後――上空を眩い雷炎が弧を描いて飛んでいった。


 それも一つや二つではない。いくつもの雷炎の矢が、魔王城の外壁を超えて城内へと着弾していく。


「これは……一本取られたな。やりおるわ」


 襲撃者たちの相手をしながら、ムァサドは感嘆の声を上げる。


 あれは雷火兵を怪力で飛ばして、無理やり壁を突破したのだろう。空からの襲撃は防ぐ術はない。

 あの高さから落ちたなら、着弾と同時に死んでもおかしくないが彼らは幽体化できる。あの状態ならば衝撃など無力化できるのだ。


 グリフが空を警戒しているが……あの数には対応できないだろう。


「ううむ……こうなっては、一度引くしかないか」


 ニアを守っているイェイラとローゼン以外、皆城の外に出ている。彼女たちも戦えるが、雷火相手では分が悪い。


「よそ見をしている余裕があるのか?」

「なあに、おぬしらにも頭の切れる策士がいると感心しておったのだよ」


 応えるついでに敵の背後に目を向ける。

 森の奥からはこちらに向かってくる敵兵の姿が見えた。


(すぐには動けそうもないな……)


 ならば、とムァサドは思考を切り替える。

 早急に敵を始末して、救援に向かう。となれば、目の前の相手にてこずっている場合ではないのだ。


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