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102.大狼、嫌忌する

 

 ヘイロンにしては珍しく剣を携えて、駆けだした。

 彼の秘策にはこういった武器を使った方が都合が良い。


 目の前からはまばらに雷火の雑兵が迫ってきている。

 それらはヘイロンの姿を見止めると、足を止めて応戦する。といっても侵攻する敵勢力の半分も足止め出来ていない。


 それでもヘイロンがここで止めればあちらに向かう敵の数は減る。ならば目の前の敵を切り伏せて進むだけだ。


「ここから先は通さんぞ!」

「許可なんていらねえよ! 押し通るまでだ!」


 ヘイロンの行く手を遮った敵は三人。ヒト型二、獣一。それらを見据えて剣を構える。


「人間如きが我ら相手に何ができる!」


 彼らは一斉に雷炎に変化するとヘイロンへと襲い掛かってきた。


 この状態では剣で斬ってもダメージを与えられない。しかしそれはただの剣であればの話だ。

 雷火と相対するにあたって、ヘイロンは対抗策を用意していた。



 迫ってくる雷炎を見つめ、その身体に剣を振るう。

 空を裂くような一撃――しかし次の瞬間、爆音と衝撃が巻き起こった。


「ぐっ――これは」


 幽体はその状態から散り散りに霧散すると姿を保てなくなって元に戻る。

 爆風に吹き飛ばされた雷火たちは生身に戻ると、困惑と緊張を孕んだ瞳でヘイロンを見据えた。


「予想したとおりだ。こんなに上手くいくとはなあ」

「そ、それは……」


 ヘイロンの剣の刀身には霜が張り付いていた。

 彼は自身の剣に魔法を付与していたのだ。けれどそれは特段珍しくもない、氷結魔法の一種。刀身を凍り付かせただけだ。

 しかし雷火にとってはこれが致命的なものになる。


「熱によって溶けた氷は水になる。そいつに雷を通すと可燃性の気体になっちまう。それが引火したらどうなるかは分かるだろ?」


 にやりと笑ってヘイロンは剣先を雷火たちに突き付けた。

 勝ち誇ったような笑みに、彼らは奥歯を噛みしめて吠える。


「それが何だという!」

「お前らは雷炎に変化するしか能のない雑魚だ。そんなんじゃ俺を止められねえよ」

「ぐっ、馬鹿にしおって! 貴様のような人間、力を使わずとも八つ裂きにしてくれる!」

「ははっ、そうこなくっちゃ! いいぜ! 殺し合いはそうじゃなきゃなあ!」


 愉しそうに笑んで、ヘイロンは歯牙をむき出しにする。



 しかし、元勇者である彼を止められるものはこの場には居なかった。

 あっという間に倒してしまった雷火たちを見下ろして、ヘイロンは唸る。


「まさかこれだけってわけじゃねえよなあ」


 グウィンの目算では百の戦力はあるだろうということだった。

 正面突破を狙うなら、この兵力では不足。ということは……別動隊がどこかにいるということだ。


 罠で削れた分が二十から三十ほどだとしよう。残りの兵がどうやって攻めてくるか。

 ミディオラは頑丈だが彼がどれだけ奮戦しても、相手もそれにずっと付き合ってはくれないだろう。グウィンも援護してくれているが、それだって人手不足。圧倒的にこちらに分が悪い。

 だからこそ急ぎヘイロンが敵の大将を落とす必要がある。


 傭兵時代も突撃一辺倒だったヘイロンには、こういった策略を練ることに長けてはいない。これの適任はローゼンだ。おそらく彼女なら一時凌ぎの作戦が瓦解しても何か案を出して乗り切ってくれる。


 ヘイロンはそこに絶対的な信頼を置いていた。

 だからこそ、イェイラとニアの傍に彼女を付けたのだ。


「さてと、俺は俺のやるべきことに集中しますか」


 魔王城に残って応戦している仲間たちのことを信頼しているからこそ、単身敵の懐に飛び込める。

 森の奥を見据えて、ヘイロンは歩みを早めた。




 ===




 戦場の喧騒は、森の奥地にも静かに響いていた。


 雷火の大狼――ルプト・マグナルィヴ。


 彼は開いた森の広間に座して、ただ待っていた。

 白金の瞳が闇に輝き、見つめる者を畏怖させる。


「ふむ……戦況は芳しくないようだな」


 彼の眼下には雷火の将校が頭を垂れ、戦況報告に訪れていた。


「はっ、周囲に張り巡らされた罠と、正門の手堅い守りに中々攻められずにいるようです」

「守りを落とせないなら超えればいい。邪魔をする羽虫は燃やしてしまえ」

「承知いたしました」


 将校が去って行って、雷火の長は退屈そうに欠伸を零した。


「魔王の縁者など、私が食い殺せば済む話だ。それをこうも回りくどいやり方で……貴様ら人間のやり方は雷火の矜持に反する」

「まあまあ、そう言わずに」


 愚痴を言ったところに宥める声が聞こえてきた。

 ルプトはそれに白金の双眸を向ける。


 彼の足元には人間の女がいた。


「あそこには魔王を殺した勇者がいるのです。彼とやり合うのは極力避けた方がいい、というのがアルヴィオさんの計略です」


 聖女パウラは柔和な笑みを浮かべてルプトを諭す。

 それに彼は嘆息して、夜空を見上げた。


「アルヴィオ……あの賢者とかいう者。何奴だ? 本当に人間か?」

「おかしなことを聞きますねえ」


 ルプトの考えをパウラは一蹴した。

 あの賢者が人間ではなく亜人であるという話は妄言以外のなにものでもない。絶対にありえないことだ。


「信用に足る人物であると?」

「ええ、なんせ私たちの仲間ですから! あの魔王相手に戦ったんですよ!?」

「ふん……」


 聖女の楽観的な話を聞いて、ルプトは鼻で笑った。

 魔王相手に戦ったからと言ってそれが免罪符になるわけではない。魔王の敵は人間だけではなく、亜人側にもいる。

 この雷火も同じだ。なら視野を広げて見ることが出来なければ寝首を掻かれる。


 しかしこの人間の女――聖女は馬鹿なことをベラベラと喋るだけ。


「私は花が嫌いだ」


 呟いて、ルプトはまた欠伸を零す。

 彼にとって、こうして奥に引き籠っているのは退屈すぎる。しかしこれが最善というのであれば、今は従うのもやぶさかではない。


「お前は自分の仕事に戻れ。ここに居るからにはしっかりと働いてもらう」

「お任せください!」


 パウラは話を終わらせると足早に負傷者のところへと戻っていった。


 彼女がどうしてここにいるのか。

 あの賢者が有能であるからと、この女を同行させたのだ。


 確かに聖女の治療魔法には目を見張る。彼女のおかげでこちらの損失は軽微に抑えられてはいる。


 しかし――


「やはり、花は嫌いだ」


 苦い顔をしながら、雷火の大狼は白金の瞳を闇に向けた。


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