100.雷火、強襲する
――懐かしい夢を見た。
きっとニアに昔話をしたせいだ。
あの時の記憶は、ヘイロンにとって珍しく嫌なものではなかった。あの瞬間から、すべてが変わったのだ。
ぼんやりと目を覚ますと、部屋の中はまっくらだった。
傍を手探りでまさぐると、ニアを見つける。あれだけ昼寝をしたのに爆睡だ。
一度目が覚めてしまったヘイロンは眠気覚ましに、テーブルに置いてあった水差しを手に取って飲む。
「見回りでもしてくるか」
ニアを起こさないようにこっそりとベッドから出ると、ヘイロンは部屋を出た。
雷火が攻めてくるまでの猶予は五日から七日であると考えている。
つまり今はいつ来てもおかしくない状況ということだ。
今は深夜であるから、歩哨はグウィンが務めてくれている。彼は夜目が利くらしく、この暗闇でも誰が近づいてくるか認識できるのだという。
だからといって完璧に安全というわけではないが……一先ずは安心して過ごせている。
しかしグウィンの目も過信出来ない。それをすり抜けてくる恐れだってある。
だからこそのヘイロンとモルガナの罠だ。
モルガナは完全に趣味でやっているが、ヘイロンは張った罠に細工をしていた。
夜間であろうが昼間であろうが、侵入者がいるならすぐに分かる。
仕込みと言ってもかなり単純なものだ。
光と音――罠を作動させたら侵入者を撃退する他に、こちらにもその存在が分かるように細工をした。
そう、こんな風に――
「うおっ!」
カンテラを持って廊下を歩いていると、突如爆音が鳴り響いた。
何が起こったのか。罠を仕掛けた張本人であるヘイロンは瞬時に理解する。
「ははっ、やっときたか!」
笑みを浮かべてヘイロンは廊下を走ると自室まで戻った。
とりあえずニアを安全な場所に移す。
「ニア! おきろ!」
「うう、ん……」
「こいつ、ちっとも起きねえぞ!?」
寝る子は育つというが、さっきの爆音でも眠り続けるとは……おまけにヘイロンが何度揺すっても目を開ける気配もない。もちろん起きるまで待っている時間もない。
ヘイロンはニアを抱きかかえると、自室を飛び出してある場所へと向かった。
夜間襲撃があった場合の対処ももちろん考えている。
もしそうなった場合、暗闇で目が利かない者は苦戦を強いられる。だから、イェイラとローゼンにはニアを守るように伝えてある。
集合場所は玉座の間。あそこなら奥に抜け道も用意されているし、いざとなったら逃げられる。
もちろんそこまで敵に踏み込ませないためにヘイロンたちがいるのだ。
「ヘイロン、起きてたか!」
「ああ、眠気も冷めちまった」
玉座の前に行くとすでにミディオラとグウィン以外の皆は揃っていた。
歩哨であるグウィンはあの場所から動けないし、こうなった場合の動きは事前に知らせてある。
ミディオラについては、魔王城の正面に陣取るように言ってある。あそこで敵を食い止めるのが彼の役目だ。
「今のってやっぱり……」
「たぶん雷火の連中だろうな。待たせやがって」
「なんで少し嬉しそうなのよぉ……」
ビクビクと怖がっているイェイラに抱いていたニアを渡すと、ヘイロンはこの場にいる戦闘要員のムァサドに目配せをする。
「事前の打ち合わせ通り。ムァサドは俺と敵の相手をする。お前とグウィンは夜目が利くからこの暗闇でも動けるだろ?」
「分かった。持ち場はどうする? 変わりないか?」
「ああ、お前は裏取りを警戒してくれ。正面はミディオラが引き受ける。グウィンにはあいつのフォローを頼んだ。正面の守りは堅牢すぎるくらいだ」
ムァサドはローゼンに作ってもらった鎧を身に着ける。
まっくろに塗装してもらったそれは着こんでいれば暗闇でも気づくには難儀するだろう。グウィンも夜襲に適した能力を持っている。陰からの奇襲ならお手の物だ。
「ヘイロン、私は?」
「フェイは好きにしてくれ」
「よしきた! 久しぶりに遠慮なく暴れられるってわけだ!」
「だからってやりすぎはダメだからな」
「分かっているよ。生態系は破壊しないやり方でいく」
モルガナは帽子のつばを目深に被って杖をこつんと打ち鳴らす。
彼女のあの恰好は割と本気で暴れるという心づもりの表れだ。
「んじゃ、ここは頼んだぜ」
「ああ、気を付けてな」
「誰に言ってんだよ。お前らこそ、ニアのことちゃあんと守ってくれよ」
ローゼンは誰よりもヘイロンを心配していた。一番彼の実力を知っている奴がすることではない。
しかし、大丈夫だと分かっていても好きな相手のことは心配してしまうものだ。
そんな彼女の気持ちなど露知らず。
ローゼンに作ってもらった剣を携え兜を被り、ヘイロンは玉座の間から出て行った。