あっ、なるほど。私って女性向けRPGの主人公だったんですね知りませんでした
貴族御用達の石鹸やシャンプー、庶民にまで浸透した人気の平民食、マヨネーズと唐揚げ。
間違いなくこの世界の、それも貴族に私と同じ世界から来た転生者がいるなと感じたのは、まだ私が子供の頃のことだった。
私の名前はマリア。身寄りはなく、寂れた町の教会に引き取られた特徴がないのが特徴の女の子で、俗に言う転生者だ。
私には生まれた時からこの世界ではないどこかの世界の記憶があった。ここよりもずっとずっと文化の進んだ便利な世界。
でもキラキラ度はこちらの方が上だと思う。あっちの世界には魔法なんてなかったから。
前の世界の便利さに想いを馳せない訳ではなかったけれど、それよりも出る杭として打たれる事を恐れた私はとにかくひっそり生きた。
前世の記憶を隠し、一般的な火、水、風、土の属性ではなく、癒しの力を持つ光属性がある事を隠して何処にでもいる孤児として生きる私は特徴のなさも相まってどう見てもただのモブだったと思う。
同じ年頃の孤児の女の子達と同化した私は、幾らかの不便さを楽しみつつもこの世界の普通の女の子として生きてきた。
私が十三才、仕事のできる仮成人の洗礼を受ける一週間前、教会に一人の貴族の女の子がやってきた。
歳の頃は私と同じくらいで、透けるような銀の髪、宝石にも負けないキラキラした紫色の目、雪のように白い肌の女の子はどこからどう見ても妖精の国のお姫様で、姉妹同然に育った教会のみんなときゃぁきゃぁはしゃいで遠巻きに見ていた。
そんなお姫様は誰かを探しにきたらしい。
けれどその探していた人物はいなかったようで、屯する私達を一瞥すると「光属性がいないなんてうそよ」「ここにヒロインがいる筈なのに」とぶつぶつと呟いて去っていった。
すごく綺麗なお姫様だったけど目が子供のそれではなかった気がする。
今思えば、彼女は『私』を探しに来ていたのだ。
仮成人し、教会から出た私は町の冒険者施設の受付として働いていた。
受付嬢といえば聞こえはいいが、田舎の冒険者施設など特にすることもなく、町民からの草むしりやどぶさらい、町の周りにいる害獣を討伐の依頼の張り紙を貼ってはお小遣い稼ぎにやってきた町の子達に紹介するくらいだった。
仮成人してから半年、いつも通り歳の変わらない男の子達に仕事を紹介していた時のこと、マントのフードを深く被った男の子がひとり、カウンターにやってきた。ちらりと見える金糸はピカピカで、上等な上着から覗く白い肌と腰に吊るされた庶民では考えられないような剣から貴族の子だと分かった。
貴族の子供が町の冒険者施設に来るのはよくある話だ。私は貴族と悟った事を悟られないように普通に接し、無難な害獣退治の仕事を紹介する。貴族の子供に草むしりやどぶさらいをさせるわけにはいかないので、それなりに冒険した感のあるお仕事を紹介する訳だ。
案内した男の子は真剣な表情で紹介状を読み頷くと、ぎこちない動きで外に出ていった。
「珍しいねぇ、どう見ても貴族の子だと思うけど、お目付役が見当たらないなんて」
「そうですね」
上司に当たる冒険者施設の責任者の女将さんに頷く。貴族の子供がここに来る時は、いつも本人に分からないように護衛がいる筈なのだが見当たらないのだ。元高ランク冒険者の女将さんが言うのだから、私の知る忍者のような陰のものもいないのだろう。
「……あの、何かあったら心配なので後をつけても良いですか?」
「ああ、そうして貰えると助かるよ。ほんと、何かあったら困るからね」
私は頷いて、受付のエプロンから防具を兼ねた上着に着替え、念のため護身用の棍棒を腰に刺して男の子の後を追った。
男の子はとっても危うい子だった。まず地図が読めない。なぜ一本道を何度も曲がってしまうのか? 先回りし町の人に導いてもらい、十分で着くはずの狩場に辿り着いたのは一時間後だった。
それからも危うさは続いた。鞘から剣が抜けないのだ。男の子の体型にしては大きな剣だとは思ったのだけれど、それにしても抜けないって。
鞘を地面に置いて、何とか取り出して構えるもフラフラで見ていられなかった。うん、剣が重いんだろうなぁ。なんか貧弱そうだし。
ハラハラしつつ見守っていると、害獣であるラット、おっきなネズミのモンスターが現れた。町では五歳の子供でも倒せる相手だ。けれど男の子はそんなラットに翻弄されて、すてんと転んでしまった。もうダメだ、見ていられない。私は飛び出して、男の子に襲い掛かろうとしていたラットに向けて棍棒を振り下ろした。
「やっ!」
「ビギィッ!」
ラットは難なく一撃で倒せた。害獣退治は子供の頃から何度もやっているからお手のものだ。棍棒を腰に戻して男の子を見ると、捲れたフードの下の顔がよく見えた。とんでもない美少年だ。半年前に見たお姫様よりもお姫様みたいな金色の男の子は、可哀想なくらい頬を染めて綺麗な青い目からぼろぼろと涙をこぼしていた。
「君、大丈夫?」
私は慌てて駆け寄って彼の前に膝をつく。たったあれだけの転倒なのに、ズボンの膝のところが破けて擦り傷ができている。それに草で切ったのか、綺麗な頬にも数本の切り傷ができ血が滲んでいた。
貴族の子供に怪我なんて洒落にならない。
こんなのがバレたらうちみたいな冒険者施設なんてあっという間に消されてしまう。焦った私は咄嗟に光の魔法を使って彼を癒してしまった。
白い光に包まれた男の子は、ぽかんとした顔で怪我のなくなった自分の体と私を見比べる。やばいやってしまった。どうしよう、どうやって誤魔化そう? テンパった私は唇に指を当ててしー、のジェスチャーを私男の子に言う。
「……内緒だよ?」
男の子は少しの間ぽかんとし、何度も頷き頭を下げた。貴族の子が平民に頭を下げるとか、どんな教育を受けてきたのこの子⁈
私は焦りつつ彼を落ち着かせて、木陰で話を聞くことにした。
「僕の名前はアルド……アル」
アルと名乗った男の子はやはり貴族の子供だった。咄嗟に名前を誤魔化したのバレバレだぞ。お忍び慣れてないんだろうなぁ。年下に見えたけれど同い年らしい。私に迷惑かけない為にも詳しい身分は明かせないって言ったたけど正直助かる。面倒ごとはごめんだもの。
仮成人したものの、病弱で貴族としての勤めを果たせない為力をつけたくて療養先から抜け出して冒険者施設へやって来たそうだ。いくら病弱とはいえ貴族の子供に護衛がつかない訳がない。この子がよっぽど優秀で上手く護衛を撒けたか、全く重視されず放置されてるので誰もこなかったか、おそらく後者だ。要は捨てられた子なのだ、彼は。
貴族社会は人の心がないなぁ。私の育った教会や冒険者施設の方がよっぽどアットホームでよいところだぞ。
「話は分かりました。とにかく貴方は……」
「その、言葉」
「はい?」
「言葉、畏まらないでほしいんだ。僕は冒険者としては君よりも後輩だし……」
「いや、私は冒険者ではないですよ?」
「えっ⁈ でもさっきモンスターを倒していたよね?」
「あれはモンスターというよりただの害獣ですね。私は冒険者施設の新米受付です」
「う、受付? あっ! さっき説明してくれた……!」
私が頷くと、男の子は恥ずかしそうに身を縮めた。
「えっと、あー、君は強くなりたいんだね」
言葉を砕いて言うと、男の子、アルは顔を上げて私を見る。キラキラした青い瞳が綺麗で、天使と言われたら信じてしまうくらい。私はキラキラに気圧されないよう咳払いをしつつ続ける。
「私のさっきの力を内緒にしてくれるなら、貴方の冒険活動の手伝いをしてあげる。新人冒険者の補佐も私達受付の仕事なんだ」
「ほ、本当に?」
「うん。どう?」
「お願い、お願い! 僕は、僕は強くなりたいんだ! 誰にも馬鹿にされないように、いらない人間だって、無能な王族だって、言われないように、亡くなった母上の息子として、恥ずかしく、ないように……」
今サラッと王族って言いませんでした? という言葉をグッと飲み込んで頷く。
辺境に隔離された無能な王子には心当たりがある。虚弱体質で王から見捨てられたこの国の第一王子、アルドリック=アルフォンス。
どうやら私はとんでもない人物と関わってしまったらしい。もう手をとってしまったから逃げようがないのだけれど、それ以上に国から見放された王子があまりにも可哀想で放っておくなんて出来なかった。
「私はマリア、この町の冒険者施設の受付のマリア。よろしくね、アル」
私は出来るだけの笑顔で、華奢な王子様の手を握った。
冒険者アルの補佐として正式に施設に申請してから一ヶ月、彼の虚弱体質の原因が呪いであると言うことに気がついた。普通ならばわからない、私が光属性だからわかったことだ。光魔法があれば呪いを解くことは簡単だけれど、解けばいいってわけでもない。これは彼を王位継承権から除外する為に誰かから作為的にかけられたものなのだから。
「多分、義母上の派閥だと思う。母上が亡くなって、彼女が王妃になってから突然僕の体は弱くなった。彼女と、彼女の生家であるルミルソン家が国で力を持ち始めたのもその頃だ」
「ルミルソン家……」
アルの言葉でまたカチリと何かが重なった。
王家に次ぐ貴族の顔、ルミルソン家。アルの義母であり、現王妃アデリーナ様の姪にあたる聖女ルナミリア様の天才的な頭脳により一部の貴族が豊かになったというのは私達庶民の中でも有名な話だ。
透けるような銀の髪とアメジストの瞳を持つ美姫、ルナミリア。教会にいた頃に見た貴族のお姫様は彼女で間違いないだろう。
彼女の開発した石鹸やシャンプーによりこの国の衛生概念は上がり、美食文化も進んだ。それはきっとよく聞く話、前世の知識を活かしたアレやこれだろう。
なるほど、私以外にも転生者がいるのは知っていたが、まさか国の誇るお姫様だったなんて。
そこまできて、また頭の中でカチリと何かがハマった。
ルナミリア様は光属性を探していた。それは何故か? 光属性は最強最悪と謳われる闇属性を撃ち破ることのできる唯一の属性だからだ。
きっと闇属性をもつルナミリア様は、光属性をもつ者を排除したかったんだ。
ルナミリア様が闇属性? 何故?
自然に浮かんできたそれで、全てがカチリと収まった。
女性向RPGゲーム『光と闇の協奏曲』。
私はそのヒロイン枠である、光属性を持つ主人公だ。
特殊な属性を持ち、貴族の通う学園に通うことになった平民の主人公が仲間を集めて王子と共に国を脅かす悪に立ち向かうという王道の話だ。
この世界はきっとそのゲームと似た世界なのだろう。違うのは、本来このゲームのラスボスであり、主人公のライバルポジションであるルナミリア様が本当のルナミリア様ではなく転生者ということだ。
国を乗っ取り、世界を征服しようと暗躍していたルミルソン家の美姫ルナミリア。最終的にラスボスとして主人公の前に立ちはだかり打ち倒される彼女が転生者だった。
なるほど、彼女はラスボスとして散らないために主人公である光属性持ちを物語が始まる前に処理し、その主人公の相棒であるアルドリック王子を始末するために闇魔法で呪いをかけたんだ。
彼女にとっては保身のための行動なのだろうけれど、私とアルにとっては完全に悪役のソレだ。前世持ちのハイスペック悪役に、前世持ちとはいえ庶民の私が敵うわけないじゃないか。
頭を抱えた私をアルが心配そうに覗き込んでくる。肌白、まつ毛長い、美人もびっくりな美人で相変わらず儚気な美少年だ。彼を追い遣ったのは白雪姫の継母的気持ちもあったんじゃないかなとおもう。だってほんとにアルは美人さんだから。
「アル。今から私が言うこと、驚かずに聞いてくれる?」
きっと彼はこのままでは国に殺されてしまうし、この町もいずれ光属性を恐れるルナミリア様になんらかの処理をされてしまうだろう。それは避けたい。その為にどうすればいいか、私では浮かばない。
けれどアルなら、この国が誇る智将、アルドリックならきっと。
おずおずと頷いたアルに、私の中にあるゲームの知識をこの世界の情報に落とし変えて説明した。
月日が流れるのは早いもので、三年の月日が経ち私とアルは無事本成人を迎えて十六歳になった。
私とアルの住む町も無事にある。ただし、アルのお父さんが治める国の町ではなく、その隣国としてだけど。
一年前に隣国による宣戦布告が行われて、アルのお父さんの国と今私たちが属する国が戦争状態になった。その時に戦利品としてこの町を含むいくつかの町が属国になったのだけれど、これは呪いが解けたアルが護衛の私を携えて隣国に国の情報を売った為だ。
隣国の王子とアルは仲良しの従兄弟同士なの。亡くなったアルのお母さんが隣国のお姫様だったらしいよ。アルのお父さんがルミルソン家に国を売り渡したって態で、元王妃様もそのせいで暗殺されたんだって事にして宣戦布告したの。んで、闇に支配された国を聖する! って宣言して勢いで国の半分を取っちゃったんだ。凄い展開だよねぇ。
もちろんアルのお父さんも、国の影の支配者であるルミルソン家も黙ってなかったけど、そこはほら、私の主人公補正ですわ。光魔法なんとか! でこう、アレしてナニして向こうの力を抑えて勝っちゃったんです。もちろん私は表舞台に出てないよ。アルの従兄弟がこう、光魔法をドーンと放った! みたいに見せかけてやったらね。私とアルは陰でコソコソ動いていたよ。
それに、アルは二年前に療養中の屋敷に迷い込んできた獣に襲われて行方不明ってことになってるから、多分アルのお父さん達は彼が関与してるとかは夢にも思ってないんじゃないかなぁ。
国を完全に支配しなかったのは、闇魔法に完全に対応できるほどの力が私になかったからなんだ。それと国民の安全確保の為ね。闇魔法を極めると、人命を贄にしてアレやこれするんだ。それをされてしまうと国民に被害がでてしまう。実際、私が国にいた頃に三つくらい田舎の町がなくなっていたらしいし。設定上仕方ないとはいえ闇魔法怖い。
だからここ三年で頑張ったよー。
アルと、アルの従兄弟の赤髪の王子、ヴァイツ王子と一緒にレベリング超頑張った。呪いの解けたアルはゲーム通りの智将でありつつ遠距離アタッカーで、ヴァイツ王子は脳筋近距離のアタッカー。 他に魔法使いとアサシンもいるけどさ、どちらもアタッカーなのね? つまりタンクは私しかいないんですわ。一応形式上私は聖女って話になってるんだけど、聖女がヒーラーはともかくタンクってどうなの? パーティー内で誰より硬いよ? カンスト火魔法に仁王立ちで耐えちゃうよ? 修羅かな?
まぁそんな状況でレベルが上がらない訳ないよね。
という訳で無事カンストして、ばっちりしっかり対闇魔法の備えもして、そんな感じで今私達はここにあるんですわ。
「よっしゃ! 行くぞマリア! 国取りダァ!」
「王子それ完全に悪役のセリフです」
「あははっ。たしかにヴァイツは悪役面だしね」
「誰が悪役面だこのエセ聖人!」
「えー、酷いなぁ」
うん、この三年でアルも逞しくなった。美人さんなのはそのままに、おどおどしたところがなくなって食えない笑顔の策士みたいになった。エセ聖人はまぁ、分かる。
「頑張ろうね、マリア」
「はぁい」
にっこりと笑ったアルに頷いて、最強装備である聖棍を手に取る。
いろいろ遠回りしてしまったけれど、これより女性向RPGゲーム『光と闇の協奏曲』ラスボス戦のはじまりだ。




