秘密の花園の少女
あたしは植物が大好き。
どんな劣悪な環境下でも懸命に生きようとする姿が、あたしにいつも元気を分けてくれるから。
その中でも特にあたしは花が大好きだった。
あたしの体をすっぽりと包み込んでくれる大きな花から、手の平におさまってしまう小さな花まで、その種類は星の数のように無限大に広がっている。
そんな花たちの世界では生存競争も激しい。だからこそ、彼女たちは必死に生き残ろうと生まれ育った環境に合わせて体を変化させ、適応していく。
もちろん、ただ生き残ろうとするわけではない。あたしたち女の子が綺麗になりたい、可愛くありたいと思うように、彼女たちも同じように色とりどりの花びらを身にまとって綺麗に、時には可愛く自身を着飾ってみせる。
まさに彼女たちは、絶えず変わりゆく自然が生み出した神秘の存在……。
そして、ここにはその神秘が溢れんばかりにどこまでも広がっていた。
見渡す限りの花々。
春の息吹が彼女たちの体を揺らめかせるたびに、花弁の中にたっぷりと満たされていた甘い蜜の香りが、遥か空の彼方まで飛び立っていく。
そんな花の甘い蜜に誘われて外に広がる森の奥地から、今日もたくさんのお客様がふらふらと甘い蜜を求めて訪れる。
ここは花の香る庭園……誰もがうっとりと多幸感に浸ってしまう、植物たちが生み出した華やかな楽園。
あたしはそんな素敵な世界の頂点に君臨する花の女王……というのは、少し言い過ぎかもしれない。
せめてそう、この花の香る庭園に佇む主とでも名乗っておくことにしよう。
「ようこそ、誰もがうっとりとしてしまう花々が織り成す楽園へ……この楽園の主として、皆さまのご来訪を心から歓迎いたします」
遠渡はるばるこの地に足を運んで来た彼らの苦労を、あたしは最大限の笑顔で報いる。
『どんな時でも来訪者の方々には丁寧な応接を』
お姉さまがよくあたしたちに言っていた言葉。
その言葉を頼りに、あたしは訪れた人々を屋敷の奥へといざなう。
それに人々は何の疑いも抱くことなく、あたしの操り人形となって指定された座席に一人ずつゆっくりと腰を下ろしていく。
バルコニーから見渡すことができる、庭園の花たちが振りまく甘い誘惑にあたしを除いて、この場に居合わせた誰もが恍惚感に浸る。
それに人々はあまりの夢心地に、ここが夢なのかも現実なのかも区別ができなくなってしまう。
皆一様に映り込んだ花の世界へ吸い込まれ、見惚れていき、光の灯っていた瞳は少しずつ虚ろに変わっていく。
中には甘い蜜の香りにすべてを支配されて、全身から力が抜け落ちたかのようにだらしなく、口元を半開きにしている者さえいた。
そこであたしはいつも決まってこの紅茶を皆に勧める。
「さぁ、どうぞお召し上がりくださいな。今朝、あたしの庭園にて採れました新鮮な花を用いた、特製の紅茶よ。召し上がった方々は口を揃えて同じことを言うの。『死ぬほど美味しい』と……クスクスッ」
あたしの言葉に何のためらいもせず、この場に参列された方々は皆よく躾けられた子どものように同じ動きをして、静かに紅茶を口に含む。
『どんな席においても、すぐに差し出された物を口にしてはいけないわ。それができない人は長生きなんてできない』
お姉さまがよくあたしたちに教えてくれた言葉。
どんなに信用した人でも心を許し切ってはいけない。
ましてや、初対面の方々が集う席ではなおさら……。
「ふふっ、いかがでした? 実はこの紅茶、あたしと同じ名を持つ花が使われているの。皆さまは『ツィオーネ』という花をご存じ?」
あたしは甘い香りが漂うその紅茶をひと口飲む。
そして、問いかけた質問の答えを待たずにあたしはティーカップをテーブルの上に置いて、再び口を開いた。
「花言葉は『祝福・恍惚感・神秘的』、または『最期のひととき・甘い罠・堕落』……この花は本当に取り扱うのが大変なの。一歩でも間違えると命すら奪う、劇薬にもなってしまいますからね……クスクスッ」
あたしの声に彼らは何も答えようとしない。
みんな……あまりの紅茶のおいしさに呼吸すら忘れていた。
そして、彼らの濁った瞳がいつまでも庭園に咲き乱れている彼女たちを見つめていたのだった。
「クスッ、彼らの命を糧にあたしたちはまた、より一層キレイに輝くことができるのね……」
あたしは紫色に染まったツィオーネの小さな花を手にする。
そして、静まり返ったバルコニーにあたしたちの笑い声がいつまでも木霊した。