大空とサイコロ
カラカラーン! カラカラカラーン!
「まただ……」
「おい。井上 どうかしたか?」
「おう! 今村か。 いやな、こいつがさっきから八しかでないんだよ」
「ほう、それは吉報じゃないか! 末広がりで縁起がいいな。おい!」
「そうなんだが。……これで六回めだ。 なんか気持ち悪くてな」
「!! おい! しまえ。分隊長が来たぞ」
▽
「よし、低空そのままー。 ていっ!」 ――ガコッ
ドドーン! パパパパッ バババババ
我々 三人を乗せた攻撃機はもの凄い対空砲火のなか、敵戦艦のスレスレを通過していく。
「うぉー、すげー機銃掃射だ。 なんとかもってくれー」
そして、敵戦艦への魚雷命中を確認した。 その時であった。
「後方より敵機! 双発です」
さすがに、第二次攻撃になると、敵も準備をしていたらしい。 投弾して身軽になったとはいえ、攻撃機である。 戦闘機とは速力が違いすぎる。
後ろに張り付かれれば、貧弱な機銃が一つ。 南無さんだ。
旋回、また旋回と逃げるが、旋回性能までやっこさんが上だ。 それでも、必死に操縦かんを切り、ラダーを踏む。
そして、海上を逃げまわること数分……。 どういう訳か敵機が引き揚げていく。
たっ、助かったのか……? 敵は帰還命令が出たのか、燃料切れだったのか、何とか都合よく帰ってくれた。 あとは母艦にもどるだけだ。
そんな中、 この機の機長で 分隊士である井上は、機位の確認と帰りの推測を立てていた。
「井上分隊士。燃料が漏れています」 伝声機を通して、操縦席の吉田が連絡してくる。
風防越しに左の翼を見ると、確かに糸を引いている。
そうして、燃料計を睨みながらの帰投が始まったのである。
「井上分隊士、方位を頼みます」
「……ちょっと待て、今やっている。 どうも機位がハッキリせん」
「クルシーを使うぞ。 ……ん、なんだ~ くそっ!」
それでも、何とか推測を立て、艦隊の近くに誘導できたと思うのだが。 どこにも見えない。
何回も転進を重ね、燃料もあと僅か。 ……どうする。 万歳を叫んで、海に突っ込むか。
いや、まだだ。 最後まであきらめるな!
すると、その時であった。 カラカラーン! カラカラカラーン!
聞きなれたサイコロの音。
俺はハッとなって、今朝のことを思いだしていた。
「吉田、転進! 八時の方向だ」
吉田は覇気のない声で、「はい」 とだけ言い、機を八時の方向へむけた……。
しばらくして、
「分隊士! 見えました。 我が艦隊です」
「……よし、燃料に余裕がない。 一番近くの飛龍に降りるぞ」
「着艦準備よーし!」
*カラカラーン! :サイコロ2個を湯呑に転がしたときの音です。
*――ガコッ :魚雷を切り離すレバーを引いたときの音です。
(九一式航空魚雷改)
*攻撃機 :九七式艦上攻撃機(中島製)
*双発 :ロッキード社 P-38 ライトニング単座戦闘機
*クルシー :無線帰投装置、無線にて母艦まで誘導してくれる。
だが調整が難しく、よく故障していたようです。
作戦行動中は無線封鎖がされているため、
帰還には細心の注意をはらっていたようです。
特に南の海になりますと、スコールなども多く。それを避けるため、
やむをえず母艦の位置が変わることも、しばしばあったようです。