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ジョルクさんと借金返済の秘策

 ダンさんとその弟子の二人の間を縫うように厨房で動き回り、その他の薪割りや水汲みなどの雑用を一通り済ませた後、俺は冒険者ギルドの方へと歩いていた。


 いで立ちは二年前と変わらず、革のジャケットにパンツ、腰にポーチと革鞘に収めた剣鉈を帯びている。

 二年の月日が経った分だけ冒険者もどきの装備もくたびれてきているけど、買い替える余裕があるはずもない。

 ましてや、今は銅貨一枚分ですら節約しないといけない時期だ。その分、点検とメンテナンスに時間を割いて、騙し騙しやっている。


 すでに日は昇って、それなりに経っている。


 冒険者ギルドへ最も近い、大通りは歩かない。歩けば、冒険者と出くわすからだ。

 これが、白のたてがみ亭の従業員としての用事なら話は別なんだけど、今の俺の恰好はどう見ても街の外に出るためのものだ。

 ここで他の冒険者に見つかって、余計なトラブルに遭うわけにはいかない。

 なにしろ、トラブった時に仲裁に出てくるのは冒険者ギルドであって、冒険者の資格を自分から放棄した俺に、ギルドが味方してくれる可能性は限りなく低いからな。


 そんなわけで、今ではすっかり勝手知ったる裏通りをちょっと足早に進んでいるわけだけど、そもそも俺の目的地は冒険者ギルドですらない。

 俺が用があるのは、その近くのとある店だ。


 カランコロン


「いらっしゃ――なんだ、テイルか。もう来てるぞ」


 入った店は、冒険者ギルドの近くにはいくつもあるアイテム屋。

 武器防具以外なら大抵のものはアイテム屋で揃えるのが冒険者の常識なんだけど、俺が知る限りこの店に客がいたことは滅多にない。

 なら一体どうやって経営してるんだと気にはなるけど、この店で何一つ買ったことのない俺が聞くのはさすがに気が引ける。


 客との会話を楽しむ性格じゃないらしい店主に頭を下げながら、店の奥へ通じる扉を開ける。


「すいません、遅れました」


「いや、俺の方が早く着いただけだ。気にするな」


 その突き当り、簡素な机と椅子しかないスペースで待っていたのは、傍らに短槍を立てかけている壮年の冒険者の男。


 彼の名はジョルクさん。冒険者学校を卒業直前で退学した俺の「監視者」だ。






 ジョルクさんとの出会いは、唐突だった。


「お前がテイルか」


 そう声をかけられたのは、俺がいつも狩場にしている森の手前。


 この日の俺は、二体目のツノウサギをテンポよく狩った直後で、ちょっと気分が良かった。

 でも、だからといって周囲への警戒を解いた覚えはなかったし、森に来るまでも尾けてくる奴がいないか気にしながらだった。

 その俺があっさりと背後を取られ、あまつさえ声をかけられるまで気づかなかった。

 俺と比べるまでもない、圧倒的な強者に戦慄を覚えていると、


「そう緊張するな。俺はお前の敵じゃない。今のところは、な」


 背中を向けたままの俺にそう言ったジョルクさんは、なぜか「とりあえず普段通りに狩りをしてみろ」と言ってきた。


 ジョルクさんの醸し出す熟練の冒険者の雰囲気に、反論できる感じじゃないと思った俺は、言われるがままに普段通りにツノウサギを探し、狩っていった。

 その数が三羽目になった時、「十分だ」と俺を止めたジョルクさんが言った。


「最低限、街の外で動けるだけの実力はあるようだな。合格だ」


「合格?あなたは……」


「俺は、ギルドの依頼でお前を見極めに来た監視者だ。本来は監視対象と接触すべきではないんだが、お前は例外にしても問題ないと判断した」


 その後のジョルクさんの話を要約すると、実は冒険者学校を退学した数日後から、俺は監視されていたらしい。

 もし俺がノービスの力を悪用したり、実力不足が理由で街の外で命を落とした場合、密かに後始末をする役目をジョルクさんは負っているとのことだった。


「だが、これはあくまでも、お前のこの先の活動が黙認されるという、暫定的な措置だ。これからは俺と定期的に面談して、ノービスとしての活動を報告してもらうことになる」


 この時、ジョルクさんの冷徹な眼は、言葉以上に俺にこう言っていた。


「憶えておけ。お前が道を踏み外した時、俺がお前の死神になる」






 あれから二年。俺は毎月二回、指定されたこの店の奥で、ジョルクさんにノービスの力の行使とそれに関する事柄を話すようになっていた。

 そこには、白のたてがみ亭の裏事情など、ゴードンが知ったら怒髪天を衝くような話も混ざっていたけど、「守秘義務は守る」というジョルクさんの言葉を信用して、包み隠さず話している。


 まあ、ゴードンから受けている仕打ちに対する意趣返しという側面は、否定しないけど。


「……ふむ、あと半年で金貨十枚か。どう考えても利子の相場からは逸脱しているが、契約書が向こうの手にある以上、お前から異議を申し立てても代官は取り合ってはくれんだろうな。なら、自力で稼ぐしかないが――」


「できると思いますか?あと半年、このまま普通に狩りを続けるだけで」


「……この店で預かってもらっている金は、今どれくらいだ?」


 以前、狩りで手に入れた金を預けておくところが無いと言った俺に(白のたてがみ亭だとゴードンに根こそぎ奪われる)、ジョルクさんが紹介してくれたこの店の有料サービス。

 そこに貯めてある金額を、この俺が忘れるはずもない。


「引き出しと両替の手数料とかを引くと、金貨四枚分くらいですね」


「あと金貨六枚か。難しいな」


 さすがは熟練の冒険者、俺が稼ぐペースをすぐさま計算したジョルクさんは、即座に借金返済の成否を断言した。


 出会った当初こそ、厳しい言葉を俺に投げかけたジョルクさんだったが、冒険者もどきの俺のどこを気に入ったのか、今では数少ない理解者として、俺の相談相手となってくれていた。

 例え、そうした方が俺の口の滑りがいいからと思われているとしてもだ。


 そして、しばらく沈黙して考え事をしていたジョルクさんが、一瞬何かを躊躇う素振りを見せた後、こう言った。


「……森の外周部に出てくる魔物は、どれも生存競争に敗れた弱者だ。当然、森の奥に行けば、そいつらを追い出した、強力で金になる個体と出くわす可能性が高くなる。お前が半年後に借金を全て返すためには、これまで避けてきた森の奥へと入るしかないだろうな」


 方法こそ示してくれたけど、ジョルクさんの表情はあくまで厳しい。

 例え、普通の冒険者が寄り付かない初心者以下の難易度の森だとしても、その初心者以下ですらないノービスの俺が、しかもたった一人で入り込むには危険すぎると思ってのことだろう。


「森の奥へ入るのは、日が高い間だけにします。もちろん、日が暮れる前には無理をしないで街に帰るようにもします」


「……言うまでもないことだが、お前がどんな危機に遭ったとしても、俺が助けることは決してない。万が一にもそうなった時は、ノービスのジョブをギルドに返還する時だと思え」


「ありがとうございます、ジョルクさん」


 言外に、万が一の時には俺を助けてくれると言っているらしいジョルクさんに、俺は今日二度目のお礼を言った。


 一年前にターシャさんと別れ、ダンさんとも近い内に別れることになった俺だが、まだ独りじゃないと思えるだけで、へこたれている暇はないと思えた。






 ジョルクさんとの面談を終えて心機一転、新たに森の奥へと足を踏み入れる危険と興奮を心に抱えながら足を踏み出す。

 その、いつもと違うテンションで我を見失っていたんだろう、ついついいつもは行かない大通りへと向かってしまった。


 そして、さらに間の悪いことに、


「おい、テイルじゃねえか!!」


 ツノウサギよりもはるかにタチの悪い相手に出くわしてしまった。


「忘れたとは言わせねえぜ、冒険者学校の同期の顔をよ。あ、お前は卒業直前にブルって尻尾巻いて逃げ出したんだったな!!ギャハハハハハ!!」


 冒険者学校時代の、元仲間である。

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