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SS リーナの悩み 3

え?上中後編だったはずだったろって?

いつから、そう錯覚していた?(作者が)

「見てテイル!マール工房の新作よ!ここは実戦的な装備を作るために、職人の半分が冒険者経験があるそうよ。今では元冒険者の有望な再就職先として有名なのよね。こっちはエアリアルの魔法戦士用の短剣ね。ここに特殊加工された魔石を嵌め込むことで、回数限定で低威力の魔法を使うこともできるそうよ。もっとも、魔法適性が無いと使いこなせないし、普通にナイフとしても使えるけれど、並のやつの百本分の値段がするから完全に上位ジョブ用ね。あっ!?あれはアイドスシリーズの限定ロットじゃない!!今ちょうど手元に武器が無いし、このまま買っても……ああでも、この間予約したゼンツのフルオーダーメイドがもうすぐ届く予定だし……」


 ――その彼女(ひと)は、まるで嵐のようだった。


 昔、客として白のたてがみ亭別館に泊まった舞台役者が、確かそんなセリフを部屋で繰り返し練習していた。

 武具店の陳列棚を次々と見て回るリーナを見て、その時のことをふと思い出した。


 ……いや、まあ、あの時の役者も、こんな状況を思い浮かべて練習していたわけじゃないんだろうけど。

 それに何より、今のリーナの姿を例えるなら、「嵐」の他に言いようが無いなというのも、俺の偽らざる本音だった。


「ちょっと見てテイル!カタリーナ工房のナイフよ!ここは女性が一人で切り盛りしてるから出回る数が少ないんだけれど、女性目線で作られているからグリップの形状が他とは微妙に違うのよね!持ってもらえればすぐにわかるんだけれど、でも店主の許可なしに手に取るのはご法度!でも私には分かるわ!これまでのものより重心がほんのちょっとだけズレて、その分余計な力を入れずにすっと切れるように工夫されているのよ!もちろん重心をずらしただけじゃあそうはいかなくて、他にもグリップの素材とか指の配置とか――」


 その時、店の隅にあるカウンターの向こう側に、苦虫をかみつぶしたような顔をした一人の初老の男が、いつの間にかに座っていたのに気づいた。

 多分、この武具店の店主だろう。


「すみません、騒がしくして。お邪魔ならすぐに出て行きますから」


 俺に話しかけているようで、実は目の前のナイフにしか意識が行っていないリーナ。

 その目を掻い潜って?店主のいるカウンターに近づいて、開口一番に謝る。

 すると、苦虫を噛み潰したような顔が、苦虫を噛み潰したような笑顔に変わった。


「まあ、邪魔か邪魔じゃないかって言ったらもちろん邪魔なんだが、ちょっと騒がしいくらいで上得意様を追い出したんじゃ、商売あがったりだよ」


「上得意なんですか?」


「ああ。さすがは若手の注目株だ。武具に掛ける金に糸目をつけねえのは大したもんだが、あの嬢ちゃんはそれだけじゃねえ。目に見える切れ味とか値段だけじゃなく、ちゃあんと使い勝手とか用途とか、武器の本当の良し悪しを分かった上でああやって見ていやがる。その証拠に、ほら見ろ、素人共をだまくらかすために作ったあそこの棚には、一切見向きもしねえ」


 そう言った店主が指さしたのは、金属の品が多いこの店の中で一際キラキラと異彩を放っている一角。

 高価そうな剣や槍、斧なんかが整然と並べられているけど、鋼よりも装飾の金銀の輝きの方が目立っている。


「新米冒険者で、あそこで足を止めない奴は一人も居なかった。だが、あの嬢ちゃんが初めてこの店に現れた時、金銀宝石なんて見慣れてると言わんばかりに鮮やかに無視して、地味だが使えるナイフを並べたところに一直線だ。しかも、顔を見たらびっくりするほどの美人さんだ、同じ客に二度もぶっ魂消たのは、後にも先にもあれが初めてだぜ」


 そう、感心したように店主は話してくれた。


 まあ、リーナが金銀宝石に興味がないのは、たぶん幼少期から見慣れ過ぎているせいなんだろうけど……

 それを差し引いても、リーナが棚に並ぶ武器を真剣に見ていて、しかも心底楽しんでいるのは伝わってくる。


 できればこのまま好きにさせてあげたいんだけど……


「だがなあ、いつもの鎧姿で来てくれるならともかく、街娘の恰好でいつまでも居られたんじゃあ、こっちとしても困るんだがな。他の客が入りにくくってしょうがねえ」


 そう、眉を寄せながら言った店主。

 その時、偶然にも、一人の冒険者が店の中に入ってこようと扉を開けて――私服のリーナの姿を見た瞬間、バツが悪そうにそっと扉を閉めた。


 ――さすがに、これはまずい。


 無我夢中で店の中を見て回るリーナを説得できるか、自信はなくてもやるしかないかと思ったその時、


「おじさーん。アタシのオーダーメイド、もう届いてるー?って、テイル君じゃない!」


 再び扉が開いなので、さっきの冒険者が戻ってきたと思って見てみると、なんとジョルクさんのパーティ仲間の、魔導士のエルさんだった。


「お久しぶりです、エルさん」


「久しぶりってわけでもないと思うけれどね。ああでも、テイル君にとってはそうだったかもねー。で、今日はどうしたの?」


「いや、ちょっと、付き添いというか」


「付き添いって、あの娘と?なにあれ、すっごい美人――って、『青の獅子』のリーナじゃない!?え?テイル君とリーナがデート!?ってそんなわけないよね!だってここ武具店だよ?何をどうカン違いしたら武具店をデートスポットに選ぶ朴念仁が――ゴメン、あの残念ぶりを見たらわかったわ」


 リーナとは別の意味で、めまぐるしい独り言を繰り広げたエルさんが最後に見せたのが、心の底からの哀れみの眼だった。


 ――いや、何より残念なのは、エルさんの視線に気づこうともせずに、今も一本の剣に見惚れているリーナか。


「……よしっ、テイル君にはこの間の借りがあることだし、ここはひとつ、お姉さんが一肌脱いであげましょう!おじさん、ナイフはまた今度でいいわ!」


 そう、何かを決意したように言ったエルさんは、つかつかとリーナの方へ歩いて行くと、背後からいきなり両手を回して、剣に見惚れていた両目を塞いだ。


「だーれだっ!」


「きゃあっ!?……え?誰、ですか?」


「まあ、アタシのことはどうでもいのよ。それよりいいの?ゴニョゴニョ――」


「ちょっと――え?……あっ!?ううう……」


 突然視界を塞がれて驚いたリーナに、意地の悪そうな笑みを浮かべたエルさん。

 その口元がリーナの耳に寄せられて、何かを囁かれたリーナの顔色が赤と青の間を行ったり来たりした。

 最後に、何かを了承したように頷いたリーナを見たエルさんが、


「じゃ、いこっか、テイル君」


「え……?どこに?ていうか何が?」


「それは、ついてからのお楽しみってことで!」


 なにがなにやら、わけもわからず。


 だけど、意気揚々と店を出て行くエルさんの後ろをリーナが黙ってついて行くのに、まさか俺が追わないわけにもいかず、慌てて店主に頭を下げて、リーナを魅了した武具店を後にした。

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