重なる襲撃
ギャーーー!ギャーーー!ギャーーー!
その魔物は耳障りな鳴き声を響かせながら、日が沈む方の空からやってきた。
逆光のせいだろうかと思ったけど、そうじゃない。黒い鳥の群れが、この町に向かってきているんだ。
「あれは、ナイトクロウというそうじゃ」
「ナイトクロウ?」
「名の通り、カラスの魔物だ。ああ、この辺り――アドナイ王国では空を飛ぶ魔物は珍しいそうじゃのう」
ザグナルの言う通り、アドナイ王国で鳥の魔物を見ることは滅多にない。
理由は分からない。冒険者学校でも、そのことについて触れられた記憶はない。
俗説みたいなものはある。肉食の魔物に食いつくされて滅びたとか、もっと適した土地に移り住んだとか。
もっと恐ろしい天敵――究極の生物の縄張りだから、とか。
「災厄の影響なのか、最近、あの一群れが王国の外からやってきたらしくてな、この土地の貴族では対応しきれずに、公国に救援要請が届いたそうじゃ」
「それは……」
大変ですね、と言いかけて、あまりにも不謹慎な発言だから喉まで出かかったところで飲み込む。
同じ魔物は魔物でも、これまでの奴らと今回のナイトクロウとじゃ、文字通り天と地ほどの差がある。
剣や槍は届かない、防壁は簡単に超えられる、こっちの強いところも弱いところも上空から一目瞭然、襲うも逃げるも自由自在。
もちろん、弓矢なら通用するかもしれないけど、相当な腕がないと当てられない。
そもそも、命中したところでダメージを与えられるのか、もっと威力が必要なんじゃないか。
期待をはるかに上回るほどに、不安が尽きない。
それが、町の住人の気持ちを勝手に憶測した、俺の考えだ。多分、そう外れていないと思う。
そして、あの空飛ぶ魔物に立ち向かうのもまた、俺じゃない。
「ザグナル、設置完了したぞ!」
荷台から降ろして、並べて、接続して。
運んでいるときはなんだかよく分からなかった黒い筒も、衛士部隊が総がかりで組み上げた完成品を見れば、大型のバリスタに近い兵器だと客観的にも分かった。
ただ、近いものは所詮近いもの、つまり別物だ。
「馬鹿もん!まだ基部の固定が済んでおらんではないか!」
「だ、だが、杭で固定すれば、石畳を壊して、代官から抗議が来る恐れが……」
「そんなもん無視せい!命よりも大事なものなぞありゃせんわい!」
ザグナルの叱声で、慌てた隊長さんが部下に命令を飛ばし、黒い筒から四本生えている足の先端の穴に、同色の杭が次々と打ち込まれる。
――確かに、これをあの代官が見たら、ただじゃ済まないだろうな……
そんな心配をよそに、しっかりと地面に固定された黒い兵器――タイタンは細長い筒を動かして、ナイトクロウが飛んでいる方向へと先端を向ける。
つまり、これは、
「分かっておるな、今回は小口径弾だぞ!」
「分かっている!小口径弾、準備!」
隊長さんの言葉と共に、衛士の一人が荷台から黒い箱を慎重に持ってきて、タイタンの基部にある同じ大きさのくぼみにしっかりと嵌めた。
「方向よし!高さよし!」
「照準完了!」
「隊長、いつでも行けます!」
「よし、タイタン、連射開始!!」
その音は、とてもよく似ていた。
砲身に装填して、魔力を込めて、狙った標的に向けて放つ。動作は同じ。
ただ、俺の黒の装備の能力の一つ、シュートスタイルと違う点は、すさまじい射撃音が絶え間なく続いたことだ。
「射撃完了!!」 「射撃完了!!」
「観測手!敵影は!?」
「敵影……半減!敵影半減!残りも町の上空から離脱していきます!!」
静寂。そして、一瞬の後の歓声。
全てのアドナイ王国の人々にとってこの上ない脅威だった空飛ぶ魔物は、ドワーフのザグナルがもたらしたタイタンという兵器によって、瞬く間に駆逐された。
正確には、すさまじい爆音と方向からほとばしった閃光でほとんど見えていなかったけど、ナイトクロウがドラゴンのような強靭な鱗に覆われていない限り、戦果は見るまでもなく明らかだ。
これは、もしかしたら――
「伝令、伝令ーーー!!」
そんな俺の思考を寸断したのは、広場に駆け込んできた一人の衛兵の叫び声だった。
「なんだ、どうしたんだ、代官の屋敷はあっちだろう?」
魔物撃退の興奮に水を差されたのも手伝ってか。
余所の町のことに首を突っ込むのは気が引けるんだろう、仕方がないといった態度で声をかける隊長さんに、衛兵は全身を震わせながら、
「ぎ、ぎぎ、ぎ」
「伝令ならはっきりと物を言わんか!!」
「ギ、ギガントボアが町に向かって前進中!!調査に出ていた冒険者からの緊急の知らせだ!!」
「ならさっさと代官の元へ向かえ!知らせる場所を間違えるな!」
「その代官様からの要請だ!ジオグラッド公国衛士兵団の方々に、急ぎ町の防衛に加わっていただきたいとの言伝だ!」
「ふざけるな!いきなりそんなことを言われて、はいそうですかと応じると思ったか!」
「ちょうどよいではないか。実地での試射としては物足りなかったところだ」
眼の前の伝令にか、それとも代官にか。
罵り声を上げている隊長さんの機先を制したのは、ザグナルだった。
「ザグナル!勝手に命令外の行動を要求されては困る!マクシミリアン宰相から指揮権を預かっているのは私だ!」
「その、マクシミリアン公爵から許されておる、と言ったらどうする?」
「なんだと……?」
「お主ら衛士部隊の任務は、タイタンの護衛と運用。それとは別に、わしの判断で可能な限りタイタンの性能試験を行ってくれ、と公爵本人から頼まれておってな」
「……命令書は?」
「ない。隊長が信じられぬというのであれば、この話はしまいじゃ。好きにせえ」
しばらく、ザグナルの言葉を吟味するように押し黙った隊長さんの視線が不意に、息を切らせっぱなしの伝令に向いた。
「……伝令殿。ギガントボアの他に、魔物の影は?」
「い、いや。他に、街に接近する魔物の報告は受けていない」
「町の門まで案内しろ、ギガントボアを迎え撃つ!!」
隊長さんのその一言で、衛士部隊が一斉に動き出した。
組み上げたタイタンを分解して荷馬車に積み込み、町の門まで移動して、また組み立てる。
その作業に加わるのも一案だったけど、俺の心配は別のところにあった。
ギガントボアを発見したという冒険者――つまりジョルクさんたちのことだ。
「こら待て!また魔力の補充を――」
タイタンの分解が始まったのと同時に、ザグナルの怒声を無視する形で、広場から飛び出す。
スピードスタイルは使わないし、使えない。
王都やジュートノルと違って、利便性より守りを重視している曲がりくねった道だと、あまり速度は出せないし、今は少ないとはいえ通行人とぶつかったら目も当てられない。
それでも、到着した時の記憶を頼りに何度か行き過ぎたり迷ったりしながら、なんとか町の門までたどり着き、木造の街壁の上にある見張り台まで一気に飛び上がった。
「うわっ!?な、何者だ!」
「魔物はどこですか!!」
「あ、あっちだ。土埃でわかるだろ」
見張り台にいた衛兵が、俺のことを不審者と思ったのか誰何してくるけど、こんなものは勢いでなんとかなる。
こっちの言いたいことを一気にまくしたてると、街道から少し離れた方向を指さしてくれた。
「ありがとうございます!」
「あっ、おい!?」
街門を開けてもらっている余裕はない。
見張り台に登った時と同じように、あるいは真逆に、ルールを無視する形で街壁の向こうへと飛び降り、
『使用者の到達への渇望を観測しました。ギガンティックシリーズ、スピードスタイルに移行します』
今度こそ全速力で、土埃の発生源へと一気に走り出す。
「テイル!!」
前の方からのジョルクさんの叫び声を聞くのに、それほど時はかからなかった。