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幕間 ミリアンレイク城

 ミリアンレイク城。


 マクシミリアン公爵領の都であると共に、派閥貴族の本拠地である城砦。

 その中にある広間の一つに、十数人の貴族が集まり、ある人物の来訪を心待ちにしていた。


「皆さま、大変お待たせいたしました」


 大きな扉が開かれた先に現れたのは、旅塵に塗れた外套姿の若者。

 およそこの場にふさわしくない装いではあったが、手にしているジオグラッド公国の紋章入りの書状と、広間の誰もが知る端正な顔立ちの公王の側近の言葉を遮る者は、一人としていなかった。


「お役目ご苦労に存ずる、リーゼル卿。して、公王陛下のお言葉は?」


 貴族たちを代表して発言したのは、マクシミリアン派の長老である、ノアスターク伯爵。

 老齢に差し掛かりながらもかくしゃくとしたその声に、「詳しくは書状をご確認ください」と前置きした上で、リーゼルは厳かに応えた。


「叛逆者ルイヴラルドを討つも、王太子エドルザルド殿下はご逝去。王都壊滅もあって、王国再建は極めて難しい情勢となった、とのことです」


「やはり、噂は真であったか……」


「おお、王太子殿下、おいたわしや」


「王国はどうなってしまうのだ……」


 ノアスターク伯爵の嘆息と共に、貴族たちの悲憤の声が相次ぐ。

 彼らも、伊達にそれぞれの領地を治めているわけではない。

 ジオグラッド公国からの知らせとは別に、アドナイ王国の今後の趨勢を決める王都奪還の戦況を、独自の伝手を使って見守っていた貴族家は少なくない。

 その余裕のない中小の貴族も、同じ派閥のよしみで情報を共有するため、この広間の中で事の顛末を知らない者は一人としていなかった。


「皆、少し落ち着け。リーゼル卿の話は始まったばかりだぞ」


 とはいえ、それぞれの貴族家が自己の判断のみで好き勝手に動いては、国は成り立たない。

 マキシミリアン派の貴族をミリアンレイク城に招集した、実質的な城主代理を務めているノアスターク伯爵にも、ここに至るまでに一方ならない苦労があった。

 全ては、派閥の領袖であるマクシミリアン公爵の意向が働いてのことだったが、そのマクシミリアン派でさえ、一致団結には程遠い現状だった。

 これまでは。


「エドルザルド殿下を失い、アドナイ王家の継承者が不在となってしまったことは、公王陛下も痛恨の極みだと仰られていました」


「そのことについて、一つ確認させていただきたい」


「なんでしょうか、ノアスターク伯爵」


「ジオグラルド公王陛下は、アドナイ王家を継ぐご意志は毛ほどもないのであろうか?」


 思いもかけないノアスターク伯爵の言葉に、広間がざわついた。

 それもそのはず、臣籍降下によってジオグラッド公国を手に入れたジオグラルドだが、その代償として王位継承権の放棄を誓うことが求められた。

 もちろん、だからといって貴族と対等な立場になるわけではないのだが、子々孫々とアドナイ王家に仕えることが義務付けられる、それが臣籍降下である。

 つまり、ジオグラルド本人はもちろんのこと、たとえ貴族といえど、王族への復帰を唆すだけで、反逆罪で捕らえられても文句は言えない、それほどの罪である。

 その程度のことを、マクシミリアン派貴族の最古参であるノアスターク伯爵が承知していないはずがない。

 他の貴族たちが固唾を飲んで見守る中、疑問を投げかけられたリーゼルは、ゆっくりとかぶりを振った。


「それはあり得ません」


「なぜかな?北部貴族の大義名分であったエドルザルド殿下。叛逆者ではあるが、不死神軍の勢力に恐れをなした一部の貴族が担ぎ上げようとしていたルイヴラルド。養子ながらガルドラ公爵家の次期当主に内定し、ドラゴンバスターとしても名高いレオン。これら宿敵ともいえる人物がことごとく脱落した今、ジオグラルド公王陛下がアドナイ王家を継承することを阻む者は存在しないはずだ。それとも、何か理由があるのかね?」


「理由はございます。というより、その案も検討した上での却下なのですから」


「伺おうか」


「果たして、公王陛下にとって、今のアドナイ王家を継承する意義がどれほどあるでしょうか?」


「む?」


 ノアスターク伯爵が押し黙ったのは、質問に質問で返されたから、だけではない。

 ジオグラルドが王位を継承したとして、体面や名誉を抜きにした利益とはどれほどのものか考えた時、とっさに口に出すことができなかったからだ。


「仮に、ここにおられる皆様の後押しを受けて、公王陛下がアドナイ王家継承のために立たれたとしましょう。そうなれば他の貴族は――特に、長年エドルザルド殿下をお支えしてきた北部はどう思うでしょうか?」


「……反発は必至であろうな。それに、北部にはエドルザルド殿下の落とし胤がおられる。もしも、我が子と跡目に、という殿下の遺言と称する書状の一つでも出てくれば、確実に王位継承権を主張してくるな」


「書状の真偽はともかく、そうなれば、公国と北部による、アドナイ王国を二つに割った内乱に発展する恐れも出てきます。もちろん、そのような余裕は公国にはございません。ですので、このままでよいのです」


「ほう、このままとは?」


 深刻で重要な話題の割にはどこか楽しそうなノアスターク伯爵と、どこまでも落ち着き払ったリーゼル。

 その他の貴族は、伯爵を見るか、リーゼルを見るか、それとも独り考え込むか、態度は様々だが、一つだけ共通していることがある。

 誰も、二人の会話に口を挟めないことだ。


「幸いなことに、先の王都奪還戦争において我らジオグラッド公国軍は、ガルドラ派と王太子派に大きな恩を売ることができました」


「おおよそは耳に届いている。なんでも、両派の領袖であるギュスターク公爵とガルオネ伯爵の危機を救ったのだとか」


「そして、お二方共に、短期間の訓練で実戦投入が可能な衛士兵団にいたく興味を示しておられるそうです。すでに、まだ内々にですが、視察団の派遣を打診されております」


「なるほど。衛士の導入――つまりは初心教の受け入れを通じて、両派閥を味方に引き入れるという算段か。確かに、王都奪還で生じた損害を速やかに補充するには、それしか手がないであろうな」


「そのためには、公国に反感を持つ貴族や騎士の封じ込めが重要になってまいります。その時は、ノアスターク伯爵を始めとして、ここにおられる皆様の御力をお貸しいただきたいというのが、公王陛下からの御言葉です」


「相わかった。――護衛騎士、入れ!!」


 その、ノアスターク伯爵の思いがけない一言の意味をを理解できた者が、果たしてどれだけいたことか。

 予め意を交わし合っていた伯爵とリーゼル以外の面々は、突如扉を開け放って入ってきた完全武装の騎士達に驚くばかりで、瞬く間に三人の同輩が組み伏せられるまで一切反応できなかった。

 奇しくも彼らは、ノアスターク伯爵の方を見続けていた貴族たちだった。


「ノアスターク伯、これはいったい何の真似か!?」


「ええい、無礼者、放さぬか!!」


「間違いでは済みませぬぞ!!」


「愚か者が!!卿らの王太子派との内通を私が知らぬと思っていたのか!!」


 これまで、冷静な語り口だったノアスターク伯爵の大喝に、広間が静まり返る。

 そして、全てお見通しといわんばかりの派閥の長老の鋭い眼光に、騎士に制圧された貴族たちが一斉に下を向いた。


「情報のやり取り程度ならまだよい。だが、同盟の要である初心教の受け入れと領民へのノービスの加護の授与を、あれこれと理由を作って先延ばしにし、マクシミリアン派の足並みを乱しておる事実、見逃すわけには行かぬ!」


「ま、待っていただきたい、ノアスターク伯。我らは領地の安定を危惧するがゆえに……」


「領地の安定だと?卿らはミリアンレイクに留まるばかりで、益体もない指示を領地に送っているだけではないか。魔物による襲撃の頻発以降、一度でも領地を視察したことがあるのか?」


「そ、それは……」


「マクシミリアンの名を汚したそなたらの責は、この際問わぬ。ミリアンレイクでの逗留も許す。ただ一つ、こちらで用意した、魔法契約の隠居宣言の書状に名を書けば、の話だがな」


「ば、馬鹿な!?いくらノアスターク伯といえど、余所の貴族家の家督相続に口を出すのは許されぬぞ!」


 魔力を帯びてうっすらと文字が光る紙を突き付けるノアスターク伯爵に、騎士に取り押さえられている貴族の一人が噛みつくが、すぐにその顔は青ざめることになった。


「無論、そのような無作法を働くつもりはないとも。ところで、こちらの書面を見て貰いたいのだが」


「そ、その字はまさか……!?」


「魔物の襲撃が相次ぐ領地の窮状と、初心教教会の設置を訴える内容なのだが、家名が貴卿と同じだな。もしや、領地の統治を任せているという御子息かな?」


「せ、倅に何を吹き込んだ!?そもそも、領地には監視の目を配置してあるのだ、余所者と連絡を取り合うことなどできるものか!貴族の書状の捏造は大罪だぞ!」


「これが本物であることは、卿も認めたではないか。それに、御子息との連絡は若様――マクシミリアン公爵から腕利きの衛士を借りて行ったことだ。卿のご自慢の眼とやらが見逃したとしても、何の不思議もないな」


「な、何だと……!?」


「ちなみに、他の方々の領地からも、同様の嘆願が私の元に届いている。現場の苦しみを知ろうともせぬ貴卿らには愛想が尽きた、とな。というわけだ、隠居宣言の書状には別室で署名していただこうか」


 そう言い切ったノアスターク伯爵の言外の命を受けて、反抗する気力を失った貴族たちが騎士に連行されていった。

 そして、残った方の貴族たちの同意を得るように、一人一人の眼を見た後で、改めてリーゼルに向き直ったノアスターク伯爵は、


「長々と茶番に付き合わせてしまいましたな、リーゼル卿」


「いえ、マクシミリアン派貴族の忠誠、しかと公王陛下にお伝えいたします」


「よろしくお願いする。それとな、速やかなる衛士部隊の派遣を、改めてお願いしたい」


「それは言われるまでもありません。訓練課程を修了した部隊から順次――」


「いや、可及的速やかに、お願いしたい」


「……それほどに、ですか」


「それほどに、なのだ」


 そのノアスターク伯爵の一言で、リーゼルは理解した。

 正確には、言葉ではなくこれまで毅然とした態度を貫き通した伯爵が初めて見せた、マクシミリアン派貴族の領地において、今まさに多大な犠牲が出ている最中だと思わせる苦渋に満ちた表情に、対処の優先度を一段階上げたのだった。


「分かりました。可能な限り善処いたしましょう」


「頼む」


 一方で、ノアスターク伯爵は理解していなかった。

 公国に集まる情報のほとんどを掌握しているリーゼルが、苦しい状況に追い込まれているのがマクシミリアン派貴族だけではないという事実に、日々頭を悩ませているということに。

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