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レナートの戦い 上

「おらあああっ!」


 斧というよりは鉄塊と表現した方がしっくりくる重量の武器を振り回しながら迫るオーグを、しっかりと見据えるレナート。


 雲をつくような巨漢で、その怪力は数多いる冒険者の中でも随一。

 にもかかわらず、体のサイズからは想像できない素早さを併せ持ち、大抵の相手は対応できないままに敗北する。

 名前が似ていることもあってか、容姿はオーガと見間違える者もいるほど強面で、内面も見た目通りと言っていい粗っぽさ。

 ただし、軟弱者では務まらない冒険者稼業において、オーグのいで立ちはむしろいい牽制になることが多く、わざわざ指名依頼をする顧客も少なくない。

 まさに、冒険者になるために生まれてきたような男。

 単純な素質なら自分よりはるかに上だ、若き日のレナートは考えていた。


 先代グランドマスターに後継者に指名されて以降、疑問を持つようになるまでは。


「死ね!」


 オーグの初撃は、武器の重量と威力にまかせた単純な振り下ろし。悪く言えば、これほど回避に苦労しない攻撃もない。

 そう高をくくって、戦斧の餌食になってきた冒険者がどれほどいるか。


「ちっ」


 舌打ちと共に、戦斧の間合いから大きく飛び下がるレナート。

 誰もが大げさな回避だと思うだろう。直後、地面に大型の鉄球でも衝突したような円状の陥没が起きるまでは。


「相変わらず避けるのは一人前だよなあ、レナート!」


「よせよせ、お前に褒められると虫唾が走る」


 巨人の斧。

 オーグが長年愛用するこの戦斧は、斬撃の際に自分の体力を食わせることで通常の数倍に値する高威力広範囲の破壊をもたらす。

 熟練冒険者でも数度、見習いなら一撃で疲労困憊で昏倒すると言われている、呪いの武器と呼ばれてもおかしくない代物だが、人並み外れたスタミナを持つオーグは軽々と振り回す。

 まさに怪物。

 だが、オーグには致命的な欠点があった。


「いい加減にくたばれ!」


「っ!?この馬鹿野郎!」


 次々とクレーターを生み出し続けるオーグに、下がりながら避け続けるレナート。

 いたちごっこが終わったのは、逃げ遅れたポーターの一人が立ちすくんでしまい、レナートの進路ならぬ退路を塞いでしまった瞬間だった。


「オーグ!手加減はできねえぞ!」


「こっちのセリフだああ!!」


 雄たけびと共に戦斧を振り下ろすオーグに、この戦いで初めて腰に付けた革の水筒に手を伸ばしたレナート。

 交錯は一瞬だった。


「タイマンでお前が俺に勝てるわけねえだろ!馬鹿はいつまでも馬鹿なのか!ああ!?」


「ぐ、ぐおおおおおお……!!」


 共に冒険者屈指の実力と評される、レナートとオーグ。

 同じ戦士の加護を受けた者として、その素早さに大きな差はない。

 あるのは武器の差だ。


「相性けっこう、こけおどしけっこう。だが、これ見よがしに戦斧を振り回すしか能のないお前なんざ、どうぞ攻撃してくださいと言ってるようにしか見えねえんだよ」


「レ、レナートオオオ……」


 衝撃波を発するオーグの戦斧は、相手に付け入る隙を与えない。

 だが、それはあくまで弱点を補うだけであって、わずかな死角さえあれば空を這いずり敵に噛みつく水の蛇――レナートの魔法剣から逃れることは適わない。


 ポタ ポタタッ


 さすがに今回はよけ切れなかったらしく、レナートの肩口から血がにじみ出す。

 対するオーグはすれ違いざまに水の魔法剣で脇腹を深く斬られて血を流し、立っているのもやっとという有様だった。


 勝負は決した、そのはずだった。


「テレザアアアアアア!!」


 深手を負いながらなおも立ち続け、さらに怒号を発して見せたオーグの体力は化け物じみていたが、真の奇跡は直後に起こった。

 突如、オーグの全身を包み込む白い光。見る者が見れば光の流れ、その源がテレザの祈りから来ていると分かるだろう。

 そして、白い光がオーグの傷口で一層強くなった直後、レナートが負わせた傷は幻のように消え失せていた。


 もちろん、レナートは驚く素振りを見せない。


「まあ、お前がテレザを連れてきた時点でそんなこったろうと察してたがな」


「十六年前、東部の冒険者ギルド支部で発生した反乱騒ぎ、あれを極秘裏に鎮めたのはお前とテレザだったんだろ?」


「いきなりなに言ってんだ、お前?」


「あの時、反乱に加わった冒険者は約五十人。中には上級冒険者もちらほら混じってたって噂だ。それを、お前ら二人で力づくでねじ伏せちまったらしいじゃねえか。その功績で、お前は先代グランドマスターに気に入られた」


「何のことかわからねえな」


「その冒険者ギルドの、反乱に関わってなかった下っ端職員から聞き出したんだよ。テレザには回復に専念させて、実質お前一人で五十人の冒険者を叩き伏せたってな」


「お前の妄想話にはうんざりだ。早く要点を言えよ」


「……あの頃、もっともグランドマスターに近いって言われてたのは俺だ!!お前が余計な真似をしてしゃしゃり出てこなきゃ、とっくの昔に俺はグランドマスターになってたんだ!!お前さえ、お前さえいなければ……!!」


 積年の恨みごとを一気に吐き出す、鬼気迫るオーグの激高。

 傷の痛みをこらえたからか、治癒による活性化か、体中から蒸気が出ている巨体は地獄から蘇った不死の戦士を思わせる迫力がある。

 そんな、王ですらひれ伏しかねないオーグに対して、冷めた目をしたレナートは言った。


「お前、たかがそんな程度のことでグランドマスターの椅子を欲しがったのか?」


「そんな程度のことだと……!?グランドマスターは冒険者最強の証だぞ!!全ての冒険者を従え、貴族や王でさえも一目置く権力を欲しがらねえ奴なんざ男じゃねえ!!」


「……はあ、やっぱそんなことだったか」


 ゆらりと、幽鬼のような揺らぎ。


 スカウトほどではないが、戦士の加護は五感を鋭敏にする。

 上位者であればあるほどに感じる景色は常人とかけ離れ、特に技の起こりや魔法の予兆を鋭敏に察知できるようになる。

 その上位戦士の中でも指折りの実力を持つオーグが、


「なん、だと……」


 水しぶきが描いた真紅のラインが両腕に引かれるまで、ピクリとも動けなかった。


「別に、グランドマスターなんて面倒な仕事、お前にくれてやっても良かったんだがな。都合の良いところしか見てない奴には務まらないってところを、その体に刻み込んでおかんと、先代のクソジジイにあの世で叱られちまうんだよ」


「レナート、あなた一体……」


「テレザ、いくらでも回復させてやれよ。神々の加護を受けた冒険者の末路、その引導を渡すっていうのがどういうことか、しっかりとその目に焼き付けとけ」


「レナアアトオオ!」


 瞬間、レナートの右手が振り上げられ、応じるオーグの戦斧が一閃する。

 戦斧固有の衝撃波によって魔力が込められた水の蛇が霧散するかと思った寸前、ふいに四つに分かれた首が大きく迂回しつつオーグの手足に一斉に噛みついた。


「がああっ!!」


「俺を倒せとは言わん。負けるなとも言わん。ただ、お前がこの戦いを乗り越えたらグランドマスターの役職も、俺の命もくれてやる。だから、耐えて見せろよ」


 筋肉も含めれば二回りほども体格差があろう、オーグとレナート。

 だが、レナートが発する形容しがたい妖気のようなものが、オーグの眼には徐々に大きく見え始めていた。

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