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ガルドラの魔の手、再び

「入り口を塞がれた!?こんなところにいたら袋のねずみじゃない、すぐに突破しなきゃ!」


「落ち着け」


 拙速は巧遅に勝るって言葉は、冒険者の心構えに通じる。

 依頼も獲物も早い者勝ちで、のんびり準備をしているような奴は冒険者に向いてないという意味にも取れるけど、俺の場合はどっちのタイプか自覚する前に辞めてしまった。

 そう言う意味じゃ、ブラフかもしれないワーテイルの言葉にほとんど反射で玄室から飛び出そうとしたリーナは、


「きゃあっ!?」


 動きを予測してさりげなく移動したレナートさんに足を引っかけられて、ものの見事にすっ転んだ。


「リーナ!」


 迷いがなさすぎるリーナの飛び出しに、無駄がなさすぎるレナートさんの妨害。

 俺がとっさに動き出した時には手遅れで、リーナが硬い石の床に尻をぶつけないように助けるので精いっぱいだった。

 気がついたら、いわゆるお姫様抱っこという体勢になっていた。

 そんな俺達にレナートさんが、


「……別にお前らが付き合おうが夫婦になろうが勝手だがな、慎めよ、色々と」


「べ、別に破廉恥なことはしていないわよ!!」


「にしちゃあ、全然立ち上がる気がなさそうだが?」


「し、仕方がないでしょう!私を心配したテイルが放してくれないんだから!」


 リーナの抗弁に、一瞬だけ憐みの目を向けたレナートさんが無言で俺を見てくる。

 もちろん、時と場所くらい弁えている俺にそんなつもりはないんだけど、リーナに恥をかかせるわけにもいかないので、膝立ちの体勢からゆっくりと立ち上がり、顔を真っ赤にしているリーナをそっと足から降ろした。


「さて、リーナ嬢が落ち着いたところで、話を再開するぞ」


「ちょっと待って。確かに、一人で飛び出そうとしたことは悪かったけれど、悠長にしている場合じゃないんじゃない?」


「まあ、たぶん大丈夫だろう。なあ、クソ死霊術士」


「何のことでしょう?」


 そうレナートさんから水を向けられて、ワーテイルが不気味に微笑む。


「とぼけんなよ。私の身柄を押さえに来た者達、ってお前の口から聞いたばっかりだぞ。俺達との交渉のブラフにしちゃ、随分と断定的だな」


「断定など、とてもとても。ただ、あなた方がいらっしゃる随分前から熱烈なお誘いの矢文がいくつか、王都の城壁を飛び越えて来ていましたので、そのうちのどなたかの迎えだと思っただけですよ」


「つまり、同盟の打診ってわけか?」


「概ねそのようなものです。ですが、特に返事をしていないので、そろそろ強硬手段に出てくる頃合いかと」


「……耳を疑うわね。よりにもよって、アドナイ王家を裏切って、王都をこんな目に遭わせた死霊術士と手を組もうなんて輩がいるなんて。まごうことなき逆賊じゃない」


「どうだろうな。案外、そういうやつに限って手前勝手な建前をこしらえて、いざという時には他人のせいにしてしぶとく生き残ろうとするかもしれないぞ。特に、お貴族様に多い傾向だな」


「……そうだとしても、限度というものがあるじゃない」


「話を戻しましょう。先ほどから少しづつ大きくなってきている複数の足音から、あなたの話を信じるに足ると私も考えます。ですが、あなたを殺さないという根拠は?」


 歯に衣着せぬレナートさんの言葉に、顔を歪ませながら顔をそむけたリーナ。

 それを見かねたように室温したガーネットさんに、ワーテイルは首をすくめた。


「貴族特有の虚飾に満ちた文面では、具体的な目的までは察せませんよ。手柄のためにおびき寄せて首を取るだけかもしれませんし、私を操って不死神軍を我が物にしようと画策してもおかしくはありません」


「あるいはその両方かもしれませんね。ですが、同盟を持ち掛けるのと、実際に誘拐を試みるのとでは雲泥の差です。そんな真似に出られる勢力は限られます。というわけで、ワーテイル、次の質問です。あなたが思い浮かべる、この地下通路の入り口を塞いでいる集団を差し向けたであろう人物、その筆頭候補は誰ですか?」


「そう聞かれるだろうと思って、あれこれと記憶を探っていましたが、やはり御一方しか思いつきません」


 ――ガルドラ公爵家。


 わざとらしく考え込むそぶりを見せていたワーテイルは、ガーネットさんにそう答えた。






「レナート!」


「まあ、ガルドラの汚れ仕事って言ったらお前だよな、オーグ」


 再びの地上。


 ワーテイルの予想通り、玄室に通じる地下通路の入り口を塞いでいた一団は、地下に降りてくることはなく俺達を待ち構えていた。

 その中心にいる、大型の戦斧を背負ったガタイのいい男、今の冒険者ギルドグランドマスターを名乗るオーグが、先頭のレナートさんに向かって吠えた。


「ふざけた真似しやがって、人質のつもりか!?」


「なに言ってんだ、お前」


 地下通路の入り口を包囲しているのは、オーグの部下らしき男達。

 全員が熟練の冒険者の出で立ちで、一人として弱そうな気配を感じられない。

 だけど、彼らはところどころ服が破れていたり傷を負っていたりと、襲撃者というよりは被害者の様相を呈していた。


「随分とボロボロだな。大方、無茶なルートで王都に入り込んだせいで、魔物かアンデッドにやられたんだろ。途中で何人見捨てたんだ?ポーターがいないようだが、帰路の物資が足りてねえんじゃねえのか?ああ、俺達にたかるなよ。たかられても雀の涙だからな」


「うるせえうるせえうるせえ!!余計なお世話だ!!そんなことより、そいつをこっちによこせ!!」


「そいつって誰のことだ?ああ、ワーテイルのことか。相変わらず、お前の話は分かりにくいな。ちゃんと頭使ってるか?言っとくが、俺達がこいつを保護したのはワーテイル自身の希望だからな。勘違いするなよ」


「嘘をつくな!保護した奴の首に剣を突き付けてる馬鹿がどこにいる!!」


 オーグの言う通り、レナートさんは収めたばかりの剣を再び抜いて、特に取り乱した風もないワーテイルの首元に当てていた。

 確かに、これで保護していると言われても誰も信じないだろう。

 もちろん、それ相応の理由はある。


「お前らの目的もワーテイルなんだろ?こっちはたった四人で、お前らはざっと五倍。下手に護衛に回るよりも、人質にした方が色々と楽なんでな。どうだ、効果てきめんだろ?」


「てめえ、それでも元グランドマスターか!?」


 どうやら、レナートさんの挑発的な言葉をすっかり信じ込んだらしいオーグだけど、実はもう一つ理由がある。

 いくらワーテイルをさらいに来た奴らが現れたとはいえ、信用ならない死霊術士を守りながら戦うというのは、いつ背中を刺されないとも限らず危険すぎる。

 そこで、ワーテイルを守るんじゃなく剣で脅し、さらにオーグ達に向けて盾にすることで、両方の動きを封じる作戦をレナートさんが考え出したわけだ。

 もちろん、そんなことを知らないオーグは、


「さっさとそいつを寄越さないと、お前ら全員皆殺しにするぞ!言っとくが脅しじゃねぞ!!」


「大人しく殺される気はねえが、そんな羽目に陥ったら真っ先に死ぬのは確実にワーテイルだぞ。無数のアンデッドを支配する恐怖の死霊術士を、お前の飼い主がどうするつもりなのか知らんが、勝手に殺すと後が怖いんじゃないのか?」


「くそがっ!!」


 目を血走らせながらそう叫びながらも、自慢の戦斧を手にする気配がないオーグ。

 部下たちも、命令がない限りは動かないつもりらしく、決して踏み出してこようとしない。

 だけど、膠着状態を続けることで事態が好転することだけは、どっちにとってもあり得ない。


「わかってんのか!?ここでこうしてる間に、いつアンデッドの大軍が戻ってくるかわからないんだぞ!!そうなったら、俺もお前も仲良くアンデッドのエサだ!!」


「そうだな。でもまあ、数が多い分だけお前らの方が見つかりやすそうだからな、せいぜい囮になってくれよ。その間に俺達は逃げる」


「い、いかれてやがる……」


 レナートさんの言葉は合理的だけど、それを考えるのと実際に口に出すのとじゃ雲泥の差がある。

 俺やリーナなら言わないけど、ガーネットさんは冷酷に、オーグは迷った末に言うかもしれない。

 だけど、面倒な仕事を押し付けるように、事もなげに言える人物を、俺はレナートさん以外に一人しか知らない。

 今頃、公国軍を率いて王都の近くまで来ているはずのあいつ以外は。


「だが、そうだな、この間のようにお前の方から尻尾振って逃げてくれるってんなら、勝手にしてくれて構わねえよ。もちろん、ワーテイルのことは諦めてもらうがな」


「そんなわけにいくか!」


「ああ、飼い主のガルドラ公爵からのお仕置きが怖いか。まあ、こんな状態の王都なんだ、死んだとでも報告すれば逃げる余裕くらいはあるんじゃねえか?これを差し出してな」


「おや、無体な」


 そう言ったレナートさんが剣を持っていない方の手で、なんとワーテイルの法衣の袖を力任せに引きちぎってそのまま放り投げた。

 筆頭司教の法衣の袖はそれなりに重いらしく、緩やかな弧を描いてオーグの足元に落ちた。


「ガルドラ公爵の側近なら、元筆頭司教の法衣かどうかくらい見分けがつくだろ」


「さすがはグランドマスターレナート。見事な機転と、見た目からは想像できない怪力に驚きました。ですが、私の死を偽装する品ならもっと他にあったと思うのですが」


「いつ寝首を書かれるか知れねえのに、そんな手間がかかることやってられるかよ」


 言葉の半分ほども緊張感のない二人の会話。

 ある意味で隙だらけな状況なのに、当のオーグは足元の袖から目を離さない。

 他に注意が行かないほどに心が揺れ動いているのは明らかだった。


「本当に、俺達と戦う気はないんだな?」


「しつこいぞ。勝敗はともかく、俺とお前が本気で戦えばアンデッド共が大集合してくるだろうが。俺だってまだ死にたくないっつうの」


 レナートさんに念を押したオーグが、俺達を包囲する部下たちに視線を送る。

 どうやら、無事に帰路を踏破する余裕は本当になかったらしく、全員がほっとした表情を見せている。

 やがて、憤懣やる方ないといった風に顔をゆがませたオーグが、捨て台詞のように言った。


「……くそっ、あの女を足手まとい共から引きはがしておけば、こんなことには」


「なんだと?」


 小声で聞き取れなかったのか、思わず聞き返したレナートさん。

 その時、瘴気で澱んだ中央教会の空気を薙ぎ払う強い風が吹き、それまで聞こえなかった複数の忍びやかな足音が建物の陰から飛び出してきた。


 現れたのは、大きな荷物を背負った数人の男女と、


「オーグ、お待たせしました!」


「おせえぞテレザ!レナート……形勢逆転だよなあ!!」


 テレザさん。

 レナートさんの元秘書で、高位の治癒術士。そう、治癒術士だ。

 オーグのの動きが止まっていたのは、俺達がワーテイルの命を盾にしていたから。

 だけど、レナートさんが認める実力を持つテレザさんなら、ワーテイルが致命傷を負ったところでたちまち治してしまうだろう。

 少なくとも、首筋を切った程度でどうにかなることはないはずだ。


 最短で事態を打開するために作った膠着状態。

 そのはずが、逆に俺達の状況をこの上ないほど悪化させていた。


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