杯中蛇影があり今日も痛みにせがむ
読んでいて鬱な気分になられてしまう様な方も居るかもしれない内容です。閲覧は自己責任でお願いいたします。
――我が日々を思うまま綴った書より。
初春
親友が、造反を起こした。
戦の途中、劣勢になると奴は敵の軍へ平然と寝返っていった。
本陣まで猛進し、我が主を討とうとする。
伏兵であった俺が、奴を撃破した。
大切な人を、また一人失ってしまった。
信じていたのに。
本当に、信じていたのに。
もう、何も信じられない。
俺には味方なんて一人も居ない。
あぁ、全てが敵に見える―――
晩冬
主から、盃を受けた。
我が軍には、優秀なる精鋭が揃っている。
比較的に皆より能力の劣る俺は、必要ではない存在なのかもしれない。
酒に毒を盛って、俺を殺してしまおうと企んでいるのではないか。
俺はまだ、死にたくはない。
恐怖から盃を交わすことなく、主からの信頼を失った。
早春
軍の調練があった。
俺の背後には、何百。何千。何万。
兵が並び訓練をしているのだ。
その中でも俺の真後ろに居た兵は、血気盛んな者であった。
下剋上として、背後よりその槍で俺は突かれてしまうのでは?
恐怖から城へ戻ってしまい、顰蹙を買われてしまった。
晩春
隣国との、大きな戦があった。
敵の陣が崩れ掛けた所を、奇襲を仕掛け見事敗走させた。
そして大将首を獲り、勝利。
本当に勝利したのか?本当は、勝利と見せ掛け浮き足立った俺を殺そうとしているのでは?
恐怖から本当に心から喜べず、宴に参加することなく寝床についた。
――ここで日記は途絶えていた。
俺は、川べりに腰をかけていた。
このような時が一番落ち着く。
だが、本当に落ち着いているのだろうか…
ふと、背後より肩を叩かれた。
殺すつもりで叩いたのか?殺されるのかと思った。
「最近のお前は少し病んでいるのではないか?病む必要など何処にあるのだろうか」
―奴が造反を起こした頃から、俺はおかしくなった。奴のせいだ…
「過去を振り返るな。病む必要などない。お前はこんなにも立派に、雄々しく存在しているではないか!」
仲間からのその言葉。
『存在しているではないか!』
その言葉は、本当か?
本当に、俺は生きているのか?
―生きて…いないのでは?
そして俺は城内に戻り、卓上の短剣を手にする。
己の腕を、傷つける。
汚れのない赤き血が、一直線地を目掛け流れる。
俺は痛みを感じるのだ。
あぁ、『今日も』生きているのか。
こんな風に毎日同じことを繰り返す。
空を見上げ、毎日同じことを呟くのだ。
――空はいつも青いのだなぁ。
ありがとうございました。
杯中蛇影とは、疑いの心を持っているとありもしないことに怯えるという意味だそうです。