91 ひとりでいる不自然
『大変な事になりました…』
正確にいうと、大変な事になるのはこれからだろうとホーソンもアルベルトも予想できてしまって、華達が部屋を出ていっても考え込んでしまい動けなかった。
これが二人とも若い頃なら、とにかくがむしゃらに動いて事を進めたかもしれないが、今は頭の中で必死にこれからどう動くべきかを考えていた。
ホーソンは華がもたらした知識による物や技術の研究開発や出来上がった物の商品展開…特に広め方には注意しなければいけないが、まずは素材の確保と研究の為の方法、場所や人員の選別を。
アルベルトは兄である侯爵にどう話を持っていけば穏やかに話を進められるのかを考えていた。
どちらも段取りや根回しをし、資金を出して指示を出す側の人間であり、自分達が素材を取りに行ったり研究を行ったりはしないのだが、予想より遥かに大きな事になりそうで却って慎重になっている。
華の言うようなゴムや紙を作ることが出来れば、世の中は大きく変わるだろう。
この小さな町の立ち位置も。
アルベルトはその変化する流れをどうにかコントロール出来ないものかと考えていた。
それには侯爵家の協力が必要なのだが、現状、予想ばかりで確実な物が一つもないのだ。
『まずはそのゴムの加工が本当に可能なのかを研究させるのと同時に木で紙が作れるのかを検証ですね。ゴムは確かサンディークで仕入れていましたよね。人を出す手配をしなければ…』
『そうだな。何にしても現物がなければ何処にも話は持っていけないか…。人員についてはこちらも少し当たってみよう』
二人ともちょっとした便利で新しい物を世の中に流通させる事が出来るのではないか…程度に考えていたが、鉛筆を見た時点で大事になるかもしれないという気も確かにしていたのだ。
だが、17やそこらの女の子ひとりが時代を変えるような知識をいくつももたらす等とは考えていなかった。
そうしているうちに華達の影供に付けていたロイとマールが応接室にやって来た。
『どうだった』
アルベルトが行商の護衛チームに一日華とシアの後を付けさせたのは、護衛ともうひとつの確認であり、決して疚しい事ではないのだが、ホーソンは知らされていなかった。
(護衛を付けていたのか…)
こんなとき、ホーソンは貴族の流儀や考え方を思い知らされるのだ。
『ファーナ様が神殿に連れて行ったところでアレックスと交替してきましたが、特に後を付けられたり護衛がいたりも無いですね。本当にひとりみたいです』
アルベルトが疑っていたのは、華が本当にひとりで山に暮らし、本当にひとりでこの町までやって来たのかという事だった。
華が当たり前に使っている道具、知っていて当然のように話す技術。
これが何処からもたらされた物なのか。
華の言語を含む“当然”や“常識”が何処の物なのかを曖昧には出来ない。
アルベルトが華の事を考えれば考えるほどに不自然な存在に思え、家族や保護者がいないのであれば監視や追跡者、又は護衛のような者が付いていた方が幾分その不自然さが薄れるかと思われた。
アルベルトは華がやんごとなき身分を持ち、逃亡、もしくは避難のために異国の山中に隠れ住んでいると予想していた。それ以外考えられなかったし、午前中の自宅で受けた報告もそれを裏付けるものだった。
(本人に事情を聞くのが一番なんだろうけど…)
言葉の壁は高そうだった。




