89 帝国帰り
『おっと』
『!失礼』
グレイルがアラン、ナッシュと共に代官所内の父親の執務室に入るためにノックしようとしたところ、ちょうど中から出ようとする人物によってその扉が開かれ、ぶつからないようにグレイルは一歩下がった。
『いや、こちらこそ。……イース?』
見覚えのある顔に、思わず名を呼ぶと相手もグレイルに気が付いたようだった。
『お、グレイル?グレイルか!でかくなったなー!!』
ばしばしと肩を叩かれる。
確かに10年程会わない内にグレイルの方が背が高くなっている。
(イースはおっさんになったが…言わない方がいいよな…)
『帰ってきて早々に大型魔獣の討伐だって?侯爵も“帝国帰り”に箔が付いたなって喜んでたぞ』
『そうか…』
やはり心配させていたのかと、グレイルは申し訳なく思ったが、昨日までとは違い、いくらか気持ちは軽かった。
“帝国帰り”と言えば聞こえはいいが、何で帰って来たんだと言う話になれば、追い出されるように戻って来た事で何かをやらかしたという証明のようになってしまう。
グレイルには何ら恥じることはないし、伯父の侯爵もそれは分かっているが、領兵の中にだって陰口を叩いたり直接嫌味をぶつけてくる相手はいた。
そんなのがいきなり指揮官になったのだから、町兵たちも不満の100や200もあるだろう。
しかし昨日、バルミラを討伐したことによってこれから率いる町兵達との軋轢も緩和されたのではないかと侯爵も思ったのだろう。
とは言えこの町の町兵の指揮官になったからにはと、明日の正式な着任に合わせて、警備や勤務体制をアランとナッシュと3人で大幅に変更したところだ。
今までのんびりやってきた町兵達にとってはきちんとした訓練まで組み込まれた新体制に馴染むまでには時間がかかるだろうし、もしかしたらグレイルやアランを追い出そうとする者まで出てくるかもしれない。
そういう者達からするとバルミラ討伐の実績などは関係なく、ただ今までのやり方を変えたくない、突然やって来た自分達に命令する若造を追い出せればそれでいいのだろうが、バルミラ討伐が関係ないのはグレイルとアランも同じだった。
“帝国帰り”が伊達ではないことを証明するだけなのだから。
『今日は侯爵の使いだから急いで戻らんといかんが、今度ゆっくり話を聞かせてくれよ』
そう慌ただしく去っていくイースはグレイルの従兄弟なのだが、グレイルとは7つ程年の差がある。
従兄弟達の中で一番年下のグレイルは、どちらかというと従兄弟の子供達の方が距離が近く、領都に滞在中の10日余りでもイースには会う機会はなかったが、その子供達には帝都の話をねだられたりしていたのだ。
『早く入りなさい』
イースを見送ると、執務室の中から声がかかった。
中に入ると奥の机に代官であるラインハルト、その手前にもいくつか机があり事務官が執務をしていた。
イースを扉まで見送ったのだろう、ラインハルトの秘書官のレストは、グレイル達を執務室に入れると扉を閉めた。
『どうした』
ラインハルトの机の前まで行くと要件を聞かれる。
『町兵の警備配置、勤務体制を大幅に変更しますのでその承認をいただきに参りました』
『分かった。部隊内での変更なら私の承認も特に要らないんだけどね。…強いていうなら町兵も領兵の一部だから率いる騎士団の方への報告承認かな』
『はい。それはもちろんですが、今回町中警らの班を新設しました。今の人員で回しますが、それも合わせて承認いただきたいと思います』
正式な着任は明日だというのに、明日の着任に向けて準備をし、代官である自分のところに根回しをしに来た息子を頼もしく思いながら、ラインハルトは渡された書類に目を通し始めた。
(“帝国帰り”は伊達じゃないってことかな)




