65 落ち着け
『安心したよ。アタシはてっきりあんたが付きまといの挙げ句、何か仕出かしちまってるんじゃないかと…』
『付きまといくらいで正気に返ってくれてよかったよ』
リーシャとラジネが心底安心したように言うのを、グレイルは身の縮む思いで聞いていた。
(女の子の後をつけるとか…なに考えてたんだ俺は)
答えは何も、である。
ふらふらと何も考えずに、まるで蝶々を追いかける子供のように付いていってしまったのだ。
『あんな娘さんがなあ…』
『?何だ?』
『あんたあれだけへばり付いててなんにも聞いてなかったんだね…これだよ』
『鱗?』
ラジネがしみじみとこぼすのに反応すれば、リーシャが呆れたように小袋の中身を見せてくる。
『言われただろう?子供の槍では岩熊も落ち化蛇も倒せないって。落ち化蛇の鱗だよ、それ』
『どういうことだ?』
分からない。何が言いたいのか。
『ああもう、しっかりおし!あの子は槍が壊れたからここへ買いに来た。岩熊や落ち化蛇なんかの魔獣と戦ってね。だから折れた槍と同等以上の槍が欲しかったんだよ。子供の槍なんかじゃなくね。木の枝に括った折れた槍先、あんたも見ただろ』
『昨日、ファーナさんの使いがこれと同じ鱗を持ってきた。皮鞣しのじいさんのところには岩熊の毛皮と数日前にも落ち化蛇の皮が持ち込まれている。出所はハナって言ったか、あの子だ』
『まさか』
『グレイルあんた、あんなに穴が空くほど見てただろ。あの子の手袋は落ち化蛇の皮だったよ。…付きまといだって気持ち悪いが、それ以上の手出しをしていたらあんたが討伐されていたかもしれないよ』
改めて自分の行動を気持ち悪いと言われると胸に刺さるが、あの少女が魔獣と戦う姿は想像出来ない。
『何にしてもその“ナギナタ”?を取りにまた来るさ』
その時にデートにでも誘えばいいだろ。とリーシャは言うが、それでは数ヵ月後になってしまう。
やはり宿へ…と考える前にラジネがグレイルに言う。
『いや、それよりファーナさんの仕入れに付いていけば会えるんじゃないか?そんなに気になるなら…ってコラー‼』
風のように店を飛び出したグレイルに、ラジネが彼にしては珍しく大きな声を上げた。
その頃ローレンス商会では、ファーナが華を捜しに町へ飛び出して行こうとするのを落ち着かせたところだった。
『今皆が捜しに行きましたから』
『そろそろ日が暮れるし、今日の開店前に訪ねて来たのだったら、もう町にはいないかもしれないよ』
落ち着かないファーナをアルベルトとホーソンで宥めてはいるが、同じように心配していた。
『わざわざ訪ねて来るなんて…。何か困ったことがあったに違いないわ』
ファーナもアルベルトも、まさか華の方からやって来るとは思っていなかった。
しかも2日前に会ったばかりだ。
いったい何事があったというのか。
確かに槍が折れて困ったことにはなったのだが、華としては結構気軽に「町へ行こう!」と思い立って山を下りてきたので、町中捜索をかけられる程の大事になるとは思いもしていなかった。
ローレンス商会にファーナたちを訪ねたのもダメ元くらいのものだったのだが。
『会長!大変です!』
3人で報せを待っていると、商会の従業員が応接室に飛び込んできた。
華の捜索に当たっているのは、華を見知っている護衛チームとカイ、それと新人二人なので華とは別件なのだとわかってはいるものの、つい華に何事かが起こったのかと身構えてしまう。
『東の街道近くで大型の魔獣が暴れているそうです!町に近付いて来ているそうで、東門付近が混乱しています!』
『‼』
『東の街道!?』
領都モルシェッツや公都へ向かう街道は北門から出るし、主な住宅街も町の北側に固まっているが、おそらく華は、東の街道を使っているはずだ。巻き込まれていなければいいが…。
『お二人とも、今外に出るのは危険です。ここにいてください。私は従業員の避難を指示してきます』
そう言ってホーソンは応接室を出ていった。
『大型の魔獣だなんて…。こうなったら朝のうちにハナが町を出ていることを祈るわ…』
『そう、うん。そうだね…』
華の事はその通りなのだが、アルベルトは暴れているという魔獣によっては町にいる兵士だけでは対処出来ないかもしれないと考えていた。
(グレイルは町に戻って来ているだろうか)
着任前だが既に指揮権は有ると聞いている。
何年も離れていた孫が騎士としてどれだけ出来るかは知らないが、信じるしかない。
(頼んだぞ、グレイル)




