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異世界で、平和を願う。  作者: ちょこぼーらー
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64 春だから

 小さな後ろ姿が東門前にある宿に入って行くところまで見送ってしまって、グレイルは己の所業に愕然とした。




 武具店に小さな女の子が入って来たときから、どうしても気になって気になって目が離せなかった。


 サイズ的に子供の槍を出して見せたが、それほど子供だと思ったわけではない。

 子供の槍が気に入らなさそうだったのに焦った。


(どこが駄目だった?中古が気に入らない?色?形?)


 杖代わりの護身用ならこれで充分じゃあないか。


 やっと1本手に取ったと思ったら、適当に軽く振って異国の言葉で何かを呟いた。不満そうに。


(何?なんて言った?)


 分からない。

 グレイルはただ少女の顔を見つめていただけだ。

 判るのは、この槍では不満だということだけ。


『この槍、岩熊倒す、むり。落ち化蛇、むり、です』


 作業場から武器職人のラジネが出て来て二人で話し始めてしまった。

 グレイルには二人の会話が頭に入って来ない。


(岩熊?落ち化蛇?何を言っているんだ?)


 二人について店の中に戻っても少女の顔を見つめていて、会話の内容は後から反復するようには何となく入ってくるが、頭がどうしても働かない。

 リーシャに尻をバシバシ叩かれて、グレイルは自分がぼうっとしているのは分かっていたが、どうしても目が少女を追ってしまう。


 カバンから取り出されたきらきらと光る花びらが舞う漆黒の鞘からするりと出てきたのは、静かに輝く宝剣だった。

 暗い店内でも分かる、同じ鉄剣とは思えない重厚な輝き。

 その辺の槍なんかよりよっぽどこの少女に相応しいと思った。


『オマケ!ありがとう‼』


 少女が嬉しそうに笑ったからグレイルも笑顔になる。

 自然と笑顔になることなんていつ以来だったろう。

 もっと笑うところが見たい。


 ふらふらと、店の奥に入っていく二人のあとをついていく。

 リーシャが何かを言っていたが聞こえなかった。


 ラジネが工房で槍の柄を切って短くしてやっていた。

 グレイルも槍を押さえて手伝った。

 お礼を言われてふわふわとした気分で少女が別の武器を注文しているのを見ていた。


 気がついたら少女がぺこりと頭を下げて店を出て行くところで。

 慌てて追いかけようとしたグレイルはリーシャとラジネに引き留められた。

 何を言っているのか分からない。早く追いかけないと見失ってしまう。


 二人を振り切って少女を追いかけた。

 南北大通りを曲がって東側へ入る。


 通り沿いの店を眺めながら楽しそうに歩いている。

 少女が楽しそうに歩いているのを見ると嬉しくなる。


 その内東門が見えてきて、まさか町の外へ出るのかと焦ったが、門前の宿屋へ入って行ったのを見て胸を撫で下ろし、後に付いて宿屋へ入ろうとして我に返った。



『何をしてるんだ俺は……!?』


(いや、ちょっと待て。え?嘘だろ…。まさか)


 女の子のあとをつけてたーーー?


 自分の行動にショックを受けて微動だにしないグレイルを不審に思ったのか、東門から兵士が二人近付いて来た。


『あんた確かグレイルさん、だよな。代官の息子の』


『あ、ああ…』


『代官の息子?こんなところで突っ立ってなにしてんだ?』


『あれか!俺らの指揮官になるってんで下見に来たってか!』


『はあ?こいつ…いや、この人が指揮官?例の帝国帰りの騎士サマ?なんだよ代官の息子って』


『帝都でなんかやらかして逃げ帰って来たんだってよ。代官も自分の息子には甘いんだな』


『町代官は関係ないだろう。領主の任命だ』


 どうやらグレイルが指揮官になることは、この町の兵士たちからは歓迎されていないらしい。

 今まで兵士長を頭に問題なくやって来ていたのに、いきなり指揮官として騎士が配属されるとなるとそれは面白くないだろう。しかもこんな若造が。

 それも町の代官の息子と来れば反発必至か。


『どうだか』


 仮にも上官に向かって鼻を鳴らして門に戻っていく二人に、しかしグレイルは感謝していた。


(アタマが冷えた………)


 ありがとう。本当に。


 もう少しで何かとてつもなく不名誉で取り返しがつかない犯罪を侵すところだったかも知れないのだ。あの二人の兵士のことは特に覚えておこう。


 それにしても武具店から記憶が曖昧で…いや、覚えてはいる。が、頭も足取りもふわふわとしていた気がする。

 気付いていないだけで何かやらかしているかもしれない。


 心配になって武具店に引き返したグレイルは、同じく何か犯罪を侵してはいないかとひどく心配していたリーシャに叩かれまくった後で、ラジネとリーシャの二人に笑われながら自分の様子を聞いて真っ赤になった。


『春だねえ!』

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