61 子供の槍
『こんにちは』
この店の中ではついぞ聴いたことがない高い声音に、グローブを縫っていたリーシャが顔を上げた。
店に入ってきた少女は、小さな背に背負子を担いで、加工もしていない木枝の杖を持っている。
杖の先には妙に小綺麗な袋が被せてあるが、よく見ると地に突いている方の先が尖らせてある。
(もしかして、木槍か?)
グレイルの推測は正しかったようで、少女は店内をざっと見て迷わず槍が立て掛けてある壁までやって来た。
しかしどれひとつ手に取ることはせず、槍を上から下に繰り返し眺めているだけだった。
その間、小さなピンクの唇が半開きになっているのに気が付いて、グレイルはどきりとする。
(うぉ…。小さい…かわいい…。じゃなくて!お眼鏡に叶う槍がないんだろうな…)
半開きの口をきゅっと閉じて考え込んでしまった少女を隣の剣コーナーでガン見しているグレイルは、作業中のリーシャに睨まれていることに気付いていない。
(店番してろって言ったろ!いらっしゃいも言えないのかいこの子はっ。ってアタシも言いそびれちまったけど。ぼーっと見てないでどんなのを探してるのかくらい訊いたらどうなんだい気の効かない騎士サマだねッ)
革にぶっすぶっす針を通しながらグレイルに念を送るリーシャだが、完全に少女の方を向いていて気付きやしない。
((あっ))
槍の前でむーむー唸っていた少女が隣の剣コーナーを見たと思ったら、徐に一番小さな剣を手に取った。
それはあなたには無理でしょ!と、グレイルとリーシャが思うまでもなく、少女が秒で剣を元の位置に戻すのを見て、二人は知らずの内にほっと息を吐いた。
((だよな…))
ここにある槍も剣も、小さな少女には扱えない物ばかりなのだ。
また槍の物色に戻って、今度は立て掛けたままの槍の握りを確認しているらしき少女に、ようやく店番を思い出したグレイルが声をかけた。
『ぃ…い、いらっしゃい』
(騎士ーーッ)
でかい図体でおずおずと声を掛けてきた不審な男に、しかし少女は槍から手を離し、きちんと体ごと向いてから軽くペコリとした。
『こんにちは。槍、ほか、ある、ですか?』
『ああ、あ、そこにあるのはでかいだろう。奥に子供用がある…あるよな!?』
『あるよ』
少女の片言が気になりながらも、グレイルの慌てっぷりに内心頭を抱えるリーシャだった。
『奥で振らせてやりな』
リーシャに言われてグレイルが少女を案内したのは、店内の扉の先にある中庭だった。
この中庭は武具店の客が弓などの武器を試したいときに使われているので、そこそこの広さがある。
その中庭の倉庫のようなところからグレイルが3本の槍を取り出して少女の前に並べた。
『ここにある子供用の槍は中古だからすごく安いが、ここの主人が手入れし直しているからどれもちゃんと使える物だ』
何を隠そうグレイルが子供の時に練習に使っていた槍も入っている。
しかしグレイルも含め、大抵の子供は剣をメインに使うようになるので、槍はかじる程度でこうして買われた中古もまたこの店に戻ってくるのだ。
しかし、グレイルが出してきた槍を前に少女は困ったような顔をしてなかなか手に取ろうとしない。
(なんか、不味かったか…?どうしたんだ…)
勧められて、渋々といった感じで1本持っては見るものの、構えもなくその場で少し振っただけで少女は槍を置いてしまった。
「華奢過ぎて使えません。また熊さんに会ったら絶対折れちゃう…。人相手の実戦でなら使えるのかな…」
『は?なんて…?』
グレイルは小さな女の子を前にして緊張していて、少女の片言に気付いていなかった。
その為、少女の口から出てきた異国の言葉に驚いて、更に少女が言った言葉に自分の耳を疑った。
『この槍、岩熊倒す、むり。落ち化蛇、むり、です』




