57 ローレンス商会へ
華が目を覚ましたのは真夜中だった。
食事をいただいてすぐに眠ってしまったようだった。
疲れていたのもあるが、半月ぶりのちゃんとした寝具で夢も見ずにぐっすりと。
日が落ちる前に眠ったのでおかしな時間に目を覚ましてしまったようだったが、何故か窓側が明るい。
(新月だから月明かりも大して……って、星明り!)
「すごい…」
山脈の縁取りも町の塀もくっきり見える満天の星空からの灯り。
部屋には備え付けのランプがあるが、星明りで字が書けそうだ。
(ランプの火は下で貰って来るのかな?もしかして点火装置みたいなのが付いてる?)
よくわからないのとマッチも勿体無いのとで、星明りで書き物をする。
1、2時間ほど今日覚えた言葉や知りたい言葉リスト、肝心の鍛治屋さんか武器屋さんで見せる用の薙刀の絵を描いて、再びベッドに入った。
(今日はちゃんと町に着けたし宿にも泊まれた。シチュー、おいもがたくさん入ってて美味しかったな……)
翌朝、やはり夢も見ずにぐっすりだったが、ちゃんと日の出とともに起きることが出来た。
この部屋の窓はちょうど東に向いているようで、山脈から昇る朝日の眩しいこと眩しいこと…。
手拭いと水筒を持って下へ行くと、アイシャが食堂のテーブルを拭いているところだった。
「アイシャさん、おはようございます」
『おはよう、ハナ!よく眠れた?』
『おはよう、アイシャさん。よく…?』
『よく、ねむれた?』
布巾を持った手を頭に当てて目を瞑るアイシャに、華は満面の笑みで応えた。
『よく、ねむれた!』
『ふふっ。そういえば井戸の場所教えてなかったね。こっちだよ』
アイシャに建物裏の中庭のようなところの井戸に案内され、顔を洗って水筒も洗って中身を補充する。
少し飲んでみたら山でいつも飲んでいる水と味が違うが、東京の水道水や井戸水よりも美味しいので問題はなかった。
そのまま食堂に戻って雑穀パンと野菜スープの美味しい食事をいただいて、部屋に戻り出掛ける支度をする。
昨日と同じ格好になって階下に下りると、食堂では数組が食事中だった。
『はな、もう出掛けるのかい』
厨房からアイシャが顔を出したので、思い立ってローレンス商会の場所を訊いてみる。町の宿屋の人なら町の事にも詳しそうだ。
『アイシャさん、ローレンス商会、知る?ですか?』
指を通りの右と左、交互に指すと、やはり知っているようで、うんうん頷いて通りに出て教えてくれる。
『ローレンス商会ならほら、この通りをまっすぐ。大きなお店だからすぐにわかるよ』
『大きな、お店?』
『そうよ。町で一番大きなお店だよ』
『一番!?大きな?』
『あはは!ローレンス商会なら迷子の心配はないね。気を付けて行ってくるんだよ』
アイシャに送り出されて華はメインストリートを歩いて行く。
(町で一番の商会か…。会えないかも…)
華は百貨店に入って個人を呼び出す自分を想像してみた。
(う~ん。……ないね)
駄目で元々の精神でとりあえずお店を目指す事にした。
もちろん通り沿いのお店のチェックも忘れない。しかし、時間がまだ早いのか、半分以上のお店はまだ閉まっているようだった。
そして見付けたおそらくローレンス商会。
通り沿いで一番大きなお店はやはりまだ開いていないようだったが、準備をしている子供…といっても身長は華より大きい男の子が二人、店の前を掃除していたので声を掛けてみる。
『おはよう』
『えっと、おはようございます?』
突然声を掛けられて不審そうな二人に、華はゆっくりお辞儀をしてからお店を指した。
『ローレンス商会、ですか?』
『あ、はい!ここはローレンス商会です』
『何か御用でしたか?まだお店は開いてないんですけど…』
入口の扉を拭いていた二人は手を止めて、ここがローレンス商会だと教えてくれるが、開店前なのでやはり迷惑そうだ。
しかし華の用事は買い物ではないので、こんな大きなお店が開店中は逆に訊きづらい。すぐに済ますつもりでこの二人に訊いてしまう。
『ファーナさん、アルベルトさん、いる、ですか?』
顔を見合わせて首をかしげる二人に、華はそういえば名乗っていないと言うことに気が付いた。
『千田 華。はな、です。ファーナさん、アルベルトさん、いる、ですか?』
『…すみません、そういった者はこの店には…』
『ない、ですか?』
こくこくと頷く二人に、ここにファーナたちはいないのだと理解した華は、お手数お掛けしましたと頭を下げた。
「お忙しいところ申し訳ありませんでした。…“ありがとう”」




