52 そうだ、町へ行こう。
「たあっ!」
跳び掛かってきた猫科っぽい何か。
例によって体も牙も大きな、豹のような動物の首筋に入れるつもりが躱されてしまった華だったが、手元でくるりと半回転させた槍の柄で牙を受けて弾き返した。
再びくるっと槍を回して威嚇でひとつ突き入れると、跳び掛かって来ようとした相手は跳び退いて距離をとった。
(ふー。なかなか入らないな…。まあ、そんなに上手いこといかないか)
蛇に熊にと、タイミングと的の大きさもあって、口の中からの攻撃で今まで上手いこと仕留めることが出来ていた華は、早々に決着のつくその攻撃方法に味を占めていた。
しかし、しつこいほど跳び掛かって間合いを詰めてくるこの相手にはなかなか上手く入らず、うっかり剣が欲しいと思ってしまう程にはリーチのある槍が生かせていない。
なんとか間合いを作ろうと弾き飛ばし、空かさず槍先で威嚇してようやく連続ジャンプが止まった。
同じ距離を保ったまま猫足でゆっくりと回り込む相手に合わせて、華も槍を向けながら移動する。
よっぽどのチャンスでなければ華から動くことはない。
華から攻撃を仕掛けたところで大したダメージは与えられないからだ。
常に、相手の力を利用してダメージを与えていく。
(もう一回かかってきてくれないかな…)
自分の間合いができたのでいつでもどうぞ、なんて思っていると、相手は移動するのを止めて、その身を低くした。
じりじりと後退している様にも見えるが、お尻がふるふるしている。
(…猫みたい)
猫が跳び掛かってくる前のポーズそっくりの様子に、華は膝を弛めて少しだけ腰を落とした。
すぐにでも跳び掛かってきそうではあるが、相手のタイミングではなく自分のタイミングにするために槍先を揺らして挑発してみた。
(せぇーのっ)
「グルッ」
華が一度大きく槍先を振った途端に相手が跳び掛かってきた。
(ここっ‼)
今度は狙い通りに口の中に突き入れることができた。
「ふう…」
(口開けてくれて良かった…)
ロイから貰ったこの槍は先が少し欠けている。
貰ってから砥石っぽい石を探して研いでは見たものの、欠けているのはどうにもならないので、もし眉間に突き入れていたら、浅くて止めにはならなかったかもしれない。
最初に頭を切り落としてから何十分ももがいていた落ち化蛇を見たせいもあって、華はどうしたら早く止まるかばかり考えていた。
一瞬ばたついた体も、首を落としたときにはとっくに力をなくしていた。
(頭と内臓はここに埋めていこう。血を抜けばなんとか運べるかな)
それにしても、と華は思う。
藤棚さんの辺りは鳥だってあまり見かけないのに、街道より下に行くと途端に猛獣の遭遇率が上がるのはなぜだろう。
藤棚さんの周辺が安全なのは大変良いことなのだが、それほど住みにくいのか、餌の問題なのか…。
オージュというらしい、八朔に似た実を採ろうと、岩熊と遭遇したのとは別の木に近付いたら、横合いからこの大きな猫に跳び掛かられたのだ。
驚いたが、足場はそれほど悪くなかったのでなんとか対処することができた。
夏場はここも草ぼうぼうになるだろうから、華より背丈の高い草むらからそっと近付いて来られたら、がぶっとやられてしまうだろう。
オージュの実を数個だけ採って背負子に入れ、大きな猫は四肢と尻尾を槍に括って背負子に乗せつつ槍を肩に担ぐ。
猫は華と同じくらいの大きさだったが、背負子に乗った状態ならなんとか川まで運ぶことができた。
「背負子っ。壊れるかと思ったあああ~」
ギリギリではあったが。
「よいせっ」
川原に背負子を下ろし、背負子から大きな猫を下ろそうと、四肢を縛り付けた槍の柄を持ち上げた。
バキッ
途端にあっさり槍の柄は折れ、大きな猫は川原の石の上にべしゃっと落ちた。
「あああああ~っ」
(ロイさんに貰った槍があっ)
ただでさえ短めだった槍が、ナイフの柄程の短さになってしまった。
「どうしよう…」
とは言うものの、華には短くなった柄を木槍の先に差し込むくらいしか思い付かない。
次にファーナたちが来たときに、新しい武器をお願いしなくては。
しかし、お願いして更に持ってきて貰うまでの間、オプション付き木槍のままで大きな猫や岩熊を倒せるだろうか…。
「そうだっ!」
別にファーナたちが来るのを待つ必要はないのでは、と思い付く。
「町へ行こう!」
初めて藤棚さんにお客を迎えた日の夕方、華は山を下りる計画を立てたのだった。




