47 毛糸のカーディガン
華は緩く槍を振った。
カポカポ、カポカポ…。
『『『『……………』』』』
静かになってしまった。
(ち、違った⁉ は、はずかしぃ……)
華は槍を抱え直した。だんだん顔に熱が集まってくるのが分かり、沈黙に耐えきれず、更に膝の上の背負子に抱きついた。
『…ハナが岩熊を倒したので間違いないみたいだね…』
「ひゃあっ」
アルベルトは深く溜め息を付き、ファーナはショックを受けて横合いから華を抱き締めた。
抱き締められた華は驚いたが、ファーナが震える手で頭を撫でてくるので眉が下がってしまう。
「だいじょうぶ、だいじょうぶですよー…」
華がファーナの背中を片手でぽんぽんすると、ファーナはハッとして華に怪我は無いか確認し出した。
『ハナっ、怪我は⁉ 大丈夫なの?』
『けが、ないです! だいじょうぶ』
軽く手を広げて無傷をアピールする華だが、それによってファーナが華の赤いカーディガンの裾に血が付いているのを発見してしまった。
『ハナっ、血が付いてるわ!』
「!やだ~」
華も気が付いた。しかもよく見たらあちこちに点々と…。
華がカーディガンを脱いで見てみると、前身頃だけの被害状況だが、帰って川で洗って落ちるか心配になる。
母親との合作の手編みである。華が前身頃や袖をちまちま編んでいる間に母はあっというまに後身頃を完成させていた…。
かなりゆったり目に作ったお気に入りのカーディガンだったが。
(赤いからそんなに目立たない…といいなあ)
『ファーナさん、これ岩熊、です。わたし、けがない。だいじょうぶ』
カーディガンを脱いだ後のセーラー服に血が殆ど付いていないことを確認して、ようやくファーナは落ち着いたようだった。
そして華の脱いだカーディガンに興味があるようだったので、脱いだついでにと華がカーディガンを貸すと、まずずっしりと重いのに驚き、珍しそうに隅々まで…主に編み目を見ていた。
(こちらでは織りしかないのかな?冬場にセーターとか作ったら売れる?仕事になるかな…)
先日もらった種で竹垣の中に畑を作った華は、おそらく華ひとりが食べていくには困らなくなった。しかし何かしら藤棚さんの中で出来る内職的な仕事があれば、より生活水準を上げることが出来るのではないかと漠然と考えていたのだ。
ちなみにまだ行ったことはないが、人里に働きに出ていくことは一切考えていない。
言葉の問題は些細な事で、こちらに一緒に来た藤棚さんから離れる気がさらさらない華だった。
そんな華も、縄は在れども毛糸のように太く縒った糸がそもそもここには存在していないということをまだ知らない。
当然の事ながら、ファーナはその毛糸にまず注目していた。
「ぅ…ちゅんっ」
『きゃあ!ごめんなさいはなっ。着て着てっ』
華が小さくくしゃみをするとファーナは慌ててカーディガンを華に着せた。
『今日はね、ハナに似合いそうな服も持って来たの。服。布もね。後で見ましょうね』
「わたしも“ウロコ”とりあえず“300枚”持ってきました。骨も」
華とファーナはロイたちと合流するまでお互いが持ってきたものや、馭者台から目につくものを指差ししたりして物の名前を言い合っていたのだった。
シアはエドワードと情報共有をするために、速度を緩めて馬車の後ろへ付いて進んでいた。
『エディ、岩熊が出たって』
『岩熊か…。追い払ったのか?』
岩熊は本来もっと下の方で目撃される魔獣だった。
発達した牙が特徴で、その爪は固い岩盤をも削って棲みかを掘る。
こんな上の方で目撃されるのは珍しかった。
『どうやら倒したらしいわ…ハナが』
『………そうか』
『それだけ⁉驚かないの⁉あんな小さな子が岩熊倒したっていうのよ⁉』
『いや、驚いたが…』
なぜかシアがむくれている。驚いて欲しかったのか。
シアは自分の驚きを共有して欲しかったのだが、大して動じていないエドワードがらしいので、むくれていたのはほんの僅かな間だけだった。
『試しで槍を振っただろう。槍でない何かで訓練されていると思った』
そう、華は試しで槍を振っていたのだ。槍を持ったら普通は突く。
(岩熊を倒したと言うのには驚いたが…落ち化蛇を殺れるならイケるのか…?)
『ふーん?じゃあもしかしたら、ハナが欲しい武器が別にあるのかもしれないわね』




