32 商隊
『うぉっ⁉あっ、えええっ⁉』
頭を上げた華の目に写ったのは、充分に距離があるにも関わらず後退りかけている男の姿だった。
(まあ、そうだよね)
お辞儀の習慣がない国の人ならば、突然頭を下げられたらビビるだろうと華も思う。どうやらこの人の国では挨拶ごときでは頭は下げないようだ。
しかし言葉が通じないのであれば身振り手振りをするか、地面に絵を描くかする?
ならばと、華は今度は頭を下げずに、右手をセーラーの胸当てに当てて目の前の男をまっすぐに見つめた。
「私は、せんだ はな、です。はな。は、な」
『……ハナ…?』
通じた喜びに、華は内心で勝利の雄叫びを上げながら頷いた。
「華」
もちろん、にっこり微笑み付きである。
『ハナ』
すると男も馬から手を離し、まっすぐ華に向き合って同じように自分の胸に手を当てた。
『ハナ。俺は、ロイという。ロイ。ロイ』
「ロイさん、ですね。ロイさん、宜しくお願い致します」
そしてまたお辞儀をする華に動揺する男…ロイ。
(ロイサン?サンは敬称とかか…。ロイおじさんとかゆー意味だったらへこむ…。…とにかく本隊に合流して事情を…)
名乗りを受けてもらえたと判断したロイはぶんぶんと頷いて、そのあとこの場所と来た道を交互に指差しながら必死で華に説明をする。
『ここに、商隊、仲間を連れて来る…。えー、と…』
わたわたと身振り手振りしていると、華が木の枝で徐に地面に馬の絵を簡単に描き始めた。そして絵の馬の上に頭が○の棒人間を描き、指で指し示したあとでロイに向かって指をひとつ、ふたつと立てていく。
どうやら仲間がいるのだとわかって貰えたらしいと悟ると、ロイは自分の手の平で5騎だと示し、騎馬の絵の横に車輪の付いた箱を幌馬車のつもりでふたつ、棒人間を3つ描いて来た道を指し示した。
(なるほどー。ロイさんは車の先触れで来たのか。確かにこの狭い道じゃあすれ違えないもんね。ここで一旦休憩とかするのかな)
華は承知した頷きを微笑み付きで返すと、ロイの来た道を「どうぞいってらっしゃい」と示して自分は食事に戻った。
再び馬に乗って来た道を、華を何度か振り返りながら戻って行くロイに小さく手を振ってあげる。
(はー。…まさか異国とは…)
異界に来たからにはてっきり遭遇するのはあやかしとか鬼とか天狗様だとか思っていて、そのどれもが自分と同じ言葉を話すものだと思っていた…というよりも、まさか遭遇するのが言葉の違う異国の人だとは一切考えていなかった華である。
(でも、落ち着いて身振り手振りしたら結構イケたよね。絵も…。もしかしたら何か物を交換して貰えないかな。こちらの通貨についても教えてくれるかな)
人里についてはこうして道があって移動している人がいるのであれば、特に聞かなくてもいいかなと思っている。
そうしてノートに対策を書きつつ練りながら待つこと数十分で再び騎馬の音と、がらがらという車輪の音が聞こえて来た。
(自動車だと思ったら馬車だった…)
商隊が見えてきて最初に華が思ったのはそれだった。ロイが地面に描いた絵に馬が付いていなかったせいで勘違いをしていたが、確かにアレ?とは少し思っていた。
『まあ!まあ、まあ!ロイの言った通りだわ!なんてかわいらしいお嬢さんなの~!』
一台目の幌馬車が停まるのと共に、馭者の隣から老婦人が降りてきて、華に向かって何やら勢い良く捲し立てた。
身の危険を感じた華は、間合いのあるうちにすっと手を前で重ねてお辞儀をぶちかました。
ロイがお辞儀にびびっていたので、そこでどうか止まってくださいお願いしますと渾身の願いを込めたお辞儀である。




