31 意思の疎通
薄い本を開いた少女は細い棒で本に何かを書き付けた。
つるりとしたきれいな本はどうやら帳面らしいが、高級そうな飴色のきれいな帳面?を気軽に使っていることにロイは驚く。それよりも。
(きれいな棒に見えるけど、書いてるってことはペン…だよな?インク付けてなかったよな??)
どうやって書いてるんだと覗き込みたくなるが必死で抑える。それもわずかな間で、さらさらっと何かを書き付けた少女はすぐに顔を上げた。
吸い寄せられそうな黒耀の瞳に光が射し込んで、透明感のある焦げ茶色が一瞬覗く。それに見とれてしまってロイの反応が遅れ、僅かに首を傾けた少女が再び口を開いた。
『コンニチハ?』
『あ、ああ。こんにちは。食事時にすみません。実はもうすぐここに商隊が来るのですが、御一緒してもよろしいでしょうか』
普段、このくらいの子供相手だともっと砕けた話し方をするのだが、咄嗟に丁寧語でお伺いをたててしまっていた。
その原因にはすぐに気付いた。
(姿勢がよすぎるんだ。視線だってブレないし、こんな娘が普通に山の中にいる訳がないっつの)
「……申し訳ありません。もう少しゆっくり言ってもらえませんか」
『…………はい?』
書き書き。
なんのことはない、華の視線がまっすぐだったのは、一生懸命ヒアリングをしていたからだ。ロイにはそれがあまりにも堂々としているように見えていたのだ。
華には男を一目見て日本語が通じない気がしていた。
内側に黒に近い銀の混ざった濃い金髪に彫りの深い顔立ち。
明らかに日本人ではない外見だが、敵兵だとはちらりとも思わなかった。…天狗様だとも思わなかったが。
華は枢軸国…同盟国+αの挨拶ならば普通にこなすが、最初に出てきたおそらく挨拶の言葉は聞いたことのない言葉。
急いでノートに“挨拶の言葉”として書き留めたが、それを復唱したところ、早口での長文が返ってきた。当然最初の“挨拶の言葉”しか判らなかった。
仕方がないので華も、日本語だが遠回しに“わかりません”と言ってみた。通じないのは承知の上だったが、おそらく“聞き返すときの言葉”が返ってきたのでこれも書き留める。
相手も言葉が違うことに気付いたようで、あーとかうーとかいっているがこれは華にも判る。
この状況で華のすることといえばただひとつだった。
爪先を揃えてまっすぐに立ち、手をお臍の下で袷と同じに組む。
「私は千田 華と申します」
名乗り、挨拶のお辞儀をした。




