30 山中の少女
商隊を先行するロイがその煙に気が付いたのは、山脈を抜ける街道の最後の休憩ポイントの様子を確認しに先駆けている時。
前方に見える煙は恐らく目的の休憩ポイントから立ち上っていると思われる。
(先客か…。煙一筋ならば大丈夫か?)
こちらは幌馬車2台。自分達護衛の馬は数に入れないにしても、先客の規模によっては嫌がられるだろう。
(アイサツしとくに限るな)
先制攻撃も先行するロイの仕事だった。
愛想良く。警戒させない。
実際のところ、騎馬が近付いて来れば誰だって警戒するものなのだが、それを解き、且つ相手を不快にさせないように後から来る本隊の事を説明して快く受け入れて貰えるようにする。
ロイのアイサツ次第で場所を譲ってもらえたり、情報や商品の交換をしてもらえたりする。
最低でも共に休憩場所を使わせてもらえるようにしなければならない。
果たして、休憩場所を使っていたのは。明らかに子供…10代と見られる少女ただひとりきりだった。
近付いて来る騎馬の音に気付いていたのだろう、休憩場所の隅で火を起こして串に刺した肉だかを炙りながらこちらをじっと見つめている。
こうなるとロイのアイサツの意味合いが変わってくる。
山脈の街道に明らかに連れのいない10代女子を脅えさせないようにアイサツをしなければならない。
これはいつも以上に失敗出来ない案件だった。
まだ距離はあるが、すぐさま馬を降りて歩いて近付く。
(怖くないよ~。逃げないでね~)
なるべく嘘臭く見えないように自然な微笑みを心掛けて、自然な歩みで少女に近付くと、その姿が近くに見えてくるにつれて不思議な感覚を覚える。
ふたつに編まれた美しい黒髪に黒目、近付いてもやはり小さく、せいぜい10代前半にしか見えない。真っ白だが陶器のような柔らかな不思議な色合いの肌。変わった形の襟の服に暖かそうな鮮やかな赤色の上着。
見れば見るほどこんな山の中に独りでいるのが違和感しかないのだが、反面、傍らにある木の棒(木槍か?)と背負子がこの場に何か用事があっているのだと激しく主張している気がする…。
『こんにちは』
声が十分に届く距離まで近付くと、いちど立ち止まって声を掛ける。牽いている馬をなでなでしながら。
ロイの、悪い人じゃないですよアピールの技だった。
一部の貴族女性を除き、動物と仲好しの様子を見て好感度の下がる女子供はいない、という持論を以てして好感度を上げようという。ロイにとっては結構奥の手を初手で用いるくらいには必死だった。
(これ、こんなちっさい子供を脅えさせたなんて奥様とシアに思われたらぜったいブッ飛ばされる…!)
『…コン、ニチハ?』
鈴が鳴るような、とはこの事か。高く澄んだ声での確かな返答にロイが内心ほっとしていると、突然少女が慌てて肩に掛けたカバンを開けて、何か薄い本を取り出した。




