2 ばんざーい!
華が学校に着く頃には夜はすっかり明けていて、頭上には雲ひとつない綺麗な青空が広がっていた。
校門を入ると校舎へは行かず、直接藤棚のある場所へ向かう。
やっぱり、とほくそ笑む。
「一番乗りっ」
荷物を下ろそうと斜め掛けの鞄の紐に手を掛けた時だった。
爆音がして、吹き飛ばされた。爆撃、と気付いたのは、藤棚にぶつかって意識を失う時だった。
建物や人が焼けるにおい。
轟々聞こえる音が火事の、炎の音なのか、戦闘機が飛んでいる音なのか分からない。
(空襲…避難、しないと)
どれだけ気を失っていたのだろう。
小さく呻き声をあげて身を起こすと、校庭の隅にある藤棚から見えていた住宅地が燃え盛っていた。
(『逃げずに、その場に踏みとどまり、消火に当たるべし』…)
訓練やら心得やらが頭に浮かんでは来るが、なかなか立ち上がる事ができない。
藤棚の柱にすがり付いてなんとか立ち上りかけた時、頭上でゴウッという音がして振り仰いだ。
戦闘機が。
快晴の青空に、敵機ではなく迎撃のために戦闘機が飛び出していくところだった。
“鍾道”
「綺麗……」
地上は火の海なのに、いやだからこそか、華の眼には青空の中出撃していく機体がよりいっそう美しく映った。
(飛んでる……)
胸が、いっぱいになって、柱に抱き着いた腕に力が籠る。
(私が、私たちが、部品を作ったの)
「ばんざーい!!」
何処からか、泥と血にまみれた男の子が走り出てきて叫んだ。
迎撃機に、その日の丸に向かって、ばんざーい!ばんざーい‼と叫んでいる、その後ろの空に敵機が見えた。
ほとんど反射で華は叫んだ。
「伏せてーっ‼」
自分も、先ず自分が伏せるべきなのに、とっさに体が動かず柱にすがり付いたままで。
振り仰いだ眼に映ったのは、来ると思った機銃掃射ではなくて、飛び抜けて行く敵機から撒き落とされた筒状の、焼夷弾だった。
気が付けば、静かな山の中にいた。
爆撃の音も、戦闘機の音も、街が燃える音も聞こえない。
葉を落とした木々に囲まれて葉擦れの音も聞こえない。
ただ、時折落ち葉の絨毯が風でかすかに音を立てている。
爆風で飛ばされたのだろうかと思ったが、華の腕は変わらず藤棚の柱に抱き着いたままである。
しかも、密集した木々の間に上手い具合に藤棚が収まっているのを見ると、どうも飛ばされてここにいるわけではなさそうだった。
「死んじゃった…の、かな」
焼夷弾直撃で死んだと考えるのが自然な気がするが、どうも死んだ気がしない。
それとも死ぬとこんな感じなのか。藤棚さんも一緒に死んだ?
なんとなく藤棚から離れたくなくて、柱に腕を絡ませたまま自分の身体を確認する。最初の爆風で頭を打ったらしい以外は怪我もなさそう。荷物も変わらず持ったまま。
あちこちぱたぱたと触ってみた結果、夢でもなさそうだと判断する。
であれば神隠しとか?ここはもしかして天狗様のお山?
死後の世界であれ、神隠しであれ、、どうやら華は異界の門をくぐってしまったようなのだった。