137 技術
華はドレスの腰に襷で使った赤いリボンをぎゅっと巻いた。
そうすると襷が無くなるのでもう一本紐を要求しても良かったのだが、着物の袖ほど邪魔にはならないのでそのままにしておく。
白鞘の刀を腰の紐に捩じ込んでカイザールに太刀合い前のように目で合図をする。
刀の武技を披露するのだ。
しかし、先ほどのように仕合う事ははしない。
何故なら、先ほどの太刀合いで寄せ木造りの綺麗な床にやはり傷が付いていたのを華が大層気に病んだからだ。
かといって、外で披露するにはそろそろ日が傾いてきている。
太刀合いでなければ藁でも斬って見せればいいのだが、この場で用意出来るのは木の棒くらい。
木の棒でも斬り落としたらやはり傷が付くかもしれない。
屋敷の主人やその息子達は、床に傷ののひとつやふたつ気にしなくても…といった様子ではあったが、女性陣や使用人達が華に賛同して協力するのを見て口を噤んだ。
結局カイザールの放るゴムボールを華が刀で斬るという事になった。
華としては靴を脱ぐか履き替えるかしたかったのだが、こういう時に妙なプライドを発揮する娘である。
弘法筆を選ばずとばかりに、敢えてハンデになる慣れない踵の高い靴で勝負しようとしている。
もちろんそれは、先ほどの太刀合いでイケると思ったからには違いないのだが。
そもそもこの広間は舞踏会の開催も想定されている。
つまりどれだけ床がぴかぴかしていても、ダンスに支障が出るほど滑りやすかったり傷付き易かったりはしないのだ。
(小さいとは思っていたが…)
準備が出来たと華に視線で合図されたカイザールは、内心でひどく動揺していた。
華の腰のあまりの細さに。
華のドレスは胸のすぐ下で切り返して絞り、腰のあたりでふわりとスカートが膨らんでいる。
そのスカートの上、ウエストでぎゅっと襷だった赤いリボンを絞ると、カイザールの予想も付かないほどの細さだったため、自分でも驚くほどに動揺したのである。
本当は華だって兄のように格好良くウエストではなく骨盤辺りで刀を固定したかったのだが、如何せん華の短い足で構えると鞘が接地してしまうのだ。
カイザールがこんな風に動揺したのは、若手の頃、当時の騎士団長が負傷した時以来かもしれない。
動揺する自分を落ち着かせるために、静かに限界近くまで息を吐く。
(俺は変態じゃないーーー)
17才とは聞いているが、小さな少女の腰の細さに動揺する45才の自分確りしろと、ゴムボールを投げるべく華を見て、更に動揺する羽目になった。
『な、投げますよ?』
『はい!』
薙刀の時の直立の構えとは違い、華は大きく足を前後して構えてはいるが、刀を抜きもしていないのだ。
左手は腰の鞘に。右手といえば刀の柄に手を当ててはいるが握ってすらいないように見える。
これが構えであるならば、抜き様に斬る事が出来るということか。
見物人もそう考えたようで、身を乗り出して見ているのが分かる。
(あまり近付いてカタナに弾かれたゴムボールにぶつかっても知りませんよ…)
ゴムなので当たれば痛いだろうが負傷はしないだろうと思いつつ、カイザールは華の刀の間合いの外であろうと思われる辺りにボールを放った。
シャラッ。
カカッという、華の靴音と共に滑るような空を切るようなそんな音。
カイザールの、周囲の予想通り、抜き様の斬撃。
しかし、その予想では、抜き様の一閃でボールを叩き落とすというものだった。
実際は抜き様にボールを真っ二つにし、更に返す刀でもう一閃。
床に落ちる前のボールに叩き込んだ連撃で、4つにはならなかったが見事に3つに切り分けられたボールが床に転がったのだ。そしていつの間にか納刀している。
唖然とする周囲に一礼した華は、反応が無い事に首を傾げ、再び抜刀して右左上下袈裟突き受け流しと一通り型をした。
そして最後に正眼に構え、刀を逆手に持ったと思ったら、流れるような動きで肩と鞘の鯉口で刀の背を支え滑らせながら納刀して、再び礼をした。
静まり返った広間に、納刀の際の微かな、しかし硬質で確かな音が鳴った。
礼をした華に拍手をしたのはピエールだった。
周囲もその拍手で我に返りそれぞれに大きな拍手を華に送る。
『カタナ凄いな!』
『速すぎてどうやってゴムを斬ったのか分からなかったぞ!?』
鉄砲の弾丸を斬るために訓練していた華である。
滞空するゴムボールのひとつやふたつは何て事はない。
『型?演武?も美しかったわ!』
『こんな細い片刃の剣は初めて見るが…刃と背を使い分けるのか…。曲刀とはまるで違う』
『カタナもそうだがあの動きだろう。ただ振り回すだけではなく…』
等々、口々に話していたが、その中でカイザールがどうしてもやってみたいと、ウィンバルトに3つに斬られたゴムボールだった物の一番大きなゴムの塊を投げるように頼んでいた。
『ほら』
皆が見守る中、放られたゴムをカイザールが長剣で斬りつけた。
しかし、斬り付けられたゴムの塊は真っ二つとはいかず、物凄い勢いで床に叩き付けられ弾み転がった。
『ええっ!?』
『何故だっ!?』
近くにいたシアがゴムの塊を拾い上げると、深く切れてはいた。
誰が見ても充分速度の乗った剛剣であったというのに、華が刀で斬り付けた時のようにはならなかったのだ。




