11 夜の水場
あらためてここは人の手の入っていない山だと思ったときに、同時にこの藤棚周辺…華が今日移動した水場の辺りまでは縄張りにしている動物もいないのではないかと気が付いた。
鳥の声は遠くでごくたまに聞こえてきたが、姿はまだ見ていない。
他の動物…うさぎも狸も猪も鹿も熊も、足跡すら見ていない。
これはイケるのではないか。
水場まで。そう思ってしまった。
大きめの枝を焚き火に突っ込んで松明にする。
布を巻いたり油をつけたりはしていないけれど、水場への往復くらいはできるだろう。
カバンを掛けると水場へと向かうのだった。
夜なのに。
道のない山の中を移動するのは昼間でも危険なはずなのだが、木々が葉を落としているために、山肌まで月明かりが届いていること、日中何往復もしたこと、水場までものの数分の距離だということで華にはそれほど危険には思えていなかったのだ。
夜間爆撃の的にならないように灯火管制で電球に覆いをした夜の生活だったので、月明かりや松明に照らされて昼間と変わりなく進めている。
時々刻んだ印も確認しながら、水場まではあっという間に到着したのだった。
(階段、作っておいて良かった!)
昼間初めてここへ来た時に作った階段を降りて、難なく水場に到着することができた。
川原のごつごつした石に足をとられて多少よろよろしてしまったが、月明かりに照らされた川原は灯火管制の町中よりはるかに明るく不安は感じない。
さあ手を洗おうとしたところではっと気づいた。
対岸の下流、流れが大きく右に曲がる手前に獣のシルエットを見つけたのだ。
水を飲みに来たのだろうか。四つ足の、鹿や馬のようなそれよりは脚が太いシルエットからはこちらに気が付いている様子はない。
華は危険を感じるよりもむしろ安心していた。
なにしろこの山に来てから虫と魚以外の生き物の姿を見ていなかったのだ。
熊や猪に襲われるのは困るが、うさぎ一匹見掛けないのも不思議に思っていた。
(そうか…夜行性の動物だっているよね)
しばらくその姿をながめていたが、本来の目的を思い出して手を洗う。
洗いながらちらちらとその動物の方を見て、こちらに気づかないものかと期待をするが、特にこちらを見る様子もなく水を飲み、そして川向こうの木々のなかに入っていってしまった。
華にとって危険な動物ではないという保証はないのに、気づいてもらえなかったことをなぜか残念に感じて、未練がましく川向うを見ていたが、そのうちに拠点の焚き火が心配になってきたので仕方なく戻ることにする。
ハンカチで濡れた手を拭いて、せっかく来たついでに、とばかりに石を3っつほどお土産に抱えて松明を持ち直した。
(明日は藤棚さんの下を探索するよりこの川をたどって行く方がいいかもしれない)
危険をおかして無理に真っ直ぐ山を降りていく必要もない。
次の探索はこの川沿いを下っていこうと決めて川を後にしたのだった。




