109 迷子?
どうやって背負子に入り込んだのか、背負子の籠の底に甲羅がきっちり嵌まってしまっている。
これでは今は甲羅の中に引っ込んでいる中の子も出るに出られないだろう。
とはいえ、中の子が無理矢理出て来ても、華が頑張って籠の底に手を突っ込んで取り出しても籠が壊れそうで嫌だった。
(ここはアレしかないよね)
「よいしょっ」
華は籠をひっくり返して底をぽんぽんした。
「アレ?」
落ちてこない。
どれだけきっちり嵌まっているのか。
いや、違った。
半分落ちかけている。
それを、左右の前足だと思われるものが甲羅から出ていて、籠の底をがっちりと掴んでいるのだ。
「…必死に掴んでるところ悪いけど」
結構な力で掴んでいるようだったが、その指、というより爪を1本ずつ外せばあっさり片手が籠から外れ、じたばたし出したが再び籠を掴む事が出来ないようだった。
梃子でも動かないという意志を感じるような掴まり方だったので、じたばたするのを見て華はほっとした。
元気そうで良かったと。
もうひとつの足は、爪を全部外す前に自重を支えられなくなって自然と外れ、ごろんと落ちた。もちろんひっくり返った状態で。
「ちょと待っててね」
華は籠を仕舞うと、元の竹林に戻すべく、ひっくり返った亀を持ち上げた。
「…そんなに重くないね?」
生まれて初めて触った亀は想像よりもずっと軽く、これなら川向うまでさっと行って帰って来られそうだと華は安心した。
藤棚さんで飼ってもいいのだが、お世話の仕方も分からないので元の場所に戻すのが一番良いように思ったのだ。
「亀さんって、確か噛むんじゃなかったっけ…」
歩きながらそんなことを呟くと、いつの間にか甲羅から首を出していた亀が首を更に伸ばして、自分を持ち運ぶ華を見上げた。
そして口をくわっと開けて見せた。まるで華の呟きが聞こえたかのように。
「あれっ?」
その口を見て華は気付く。
「亀さんって、歯が無い?」
華が初めて見る亀の口には歯らしきものはなく、肯定するかのように口を閉じて再び後ろの華から前に首を戻す亀が、まるで「分かったか」と言っているみたいで華は笑ってしまった。
川を越え、この日伐採していた竹林に到着すると、華は亀を地面にそっと下ろした。
「勝手に持って行っちゃってごめんね」
(左様ならばはおかしいかな?ここに竹を伐りに来たらまた会うかもしれないし…)
「またね、亀さん」
同じ山に住む者同士、気弱さんのようにまた会うことがあるかもしれないと少しだけ期待して、華は藤棚さんに戻って行った。
その翌日はミルク配達の日だった。
前の日、亀を戻した後は水道の設置をするために奮闘していた華だったが、小さな華では思うように木の枝同士に竹樋を引っ掛けられずにいた。
自力での竹樋の設置は諦めてミルク配達のお兄さんお姉さんに手伝ってもらう事にした華は、藤棚さんと綿畑の中間地点に掘った溝に、せっせと石や割れた土器を敷き詰める。
竹樋のゴールは盥ほどの大きさで念入りに。
南側斜面に伸ばした溝は、側面を崩れないように後は適当に。
地面に水が染み込んでいってもいずれ下の川に合流するだろうとの考えで、溝自体も藤棚さんより下の、斜面が急になる辺りからは掘っていない。
実際に水が流れればすぐに水の道筋が出来上がるだろう。
下に畑や民家があればそんなことは出来ないが、斜面の下にあるのは川で、元々そこを流れる予定だった滝の水の余りをお返しする、程度の考えだ。
荷車のお陰で大量に川原の石を運べている。
運んだ石をせっせと溝に詰めていると、マールの笑い声が聞こえてきた。
『なんじゃこりゃー!ぎゃはははは!』
藤棚さんの竹垣の中にいるようだった。
いつも馬達は川原の側の木に繋いでいて、いつでも川の水を飲めるようにしている。
ミルクを先に藤棚さんの中に入れてくれたのだろうが、何か愉快な事でもあったのだろうか。
『おはよー?』
竹垣を入った華が声をかけると、全員振り返って挨拶を返してくれる。
畑は出来上がったのにまたいつもの4人で来てくれたようだ。
『マールさんわらう、なに?』
『あれあれ!』
マールが指差すのは藤棚さんの茅の屋根。
どうやって上ったのか、多分前日と同じ亀が日向ぼっこをしていた。




