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島は月の形をしている  作者: 大石安藤
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走り出す時

12・防衛

 軍隊は防衛省が有する海軍のみ。島内の治安は警察機構により維持されている。防衛省はより対外的な国策面において活動をする。

 入国管理局は防衛省の内部機関であり、島民、観光客、漂流者などの出入国の管理の他に、密入国者、及び密猟者の逮捕、また沿岸警備の仕事と多岐に亘っている。

 国家公安局は独立機関として存在し、防衛、警察のどちらからも指示を受けない。

 国際的な防衛手段として、海外の主要各国と安全保障条約を締結している。重大な兵器は所有していない。また、軍事面での設備は乏しい。




「起こしてくれればよかったのに」

「必要無いって言うからさ。ごめんよ」

 ゼネが起きた時、昨夜、一緒にカラタの家に泊まったホウチャンは、とっくに仕事に出かけた後だった。

「叔父さんに、この子がいつの船に乗るか聞きそびれちゃったんだ」

 ゼネは隣にいる少年を見て言った。カラタは竈の火を加減しながら、「そうだね」と首を傾げた。

「船はまだわからないと思うけどねえ。夕べは大陸に連れて行くって、それしか言ってなかったじゃないか」

「そうだけどさ。昨日みたいにいきなりやってきて、それで今日の船に乗せるとか言われたら、厭だから」

 竈の脇の籠を見て、カラタは顔を顰めた。

「それはそれで仕方がないよ。その子だって、とうさんとかに早く会いたいだろうしね」

「そりゃ、そうだけど」

 カラタは孫に籠を渡した。

「でもそんなに急ってことは無いと思うけどねえ。ね、ちょっとこれに青いもの取ってきてちょうだい。パッシャバとトカトカの実と、マルもあるかもしれない。いい頃合だと思うんだけどね」

 ゼネは籠を受け取って炊事場を出るとすぐに立ち止まり、縁側の端から首を伸ばして道を見た。

「・・・兄ちゃんが来た」

「え?」

 カラタも横へ立つと、じっと目を凝らした。確かに、背の高い孫がこちらへ向かってくるのが見える。

「あら、ほんとうだ。よくわかったね。まだあんなところなのに」

「口笛吹いてるじゃない。なんだか変な曲だけどさ」

 ゼネは耳がいい。風に乗って送られてくる高い音が聞こえたらしい。言われてから注意して耳をすませたカラタも、「ほんとうだ」と頷いた。

 ほんとうに、なんだか奇妙な音だ。クポリは流行りものは嫌いだと言いながら、実は流行に弱い一面もあるから、これは町で流行っている曲なのかもしれない。

 ゼネが籠ごと大きく手を振ると、クポリも手を上げた。家の下まで来てからクポリはゼネを見上げ、昨日、決心したことを口にした。

「もう聞いてるだろう。チアンドが怪我をして漁に行けなくなった。人が足りない。おまえ、代わりに船に乗れ」

 最初、ゼネは口をぽかんと開いたまま、兄を見つめていた。それから何度か目を瞬かせると、しどろもどろになりながら兄の言葉を繰り返した。

「チ、チアンド、漁に出られないの? 怪我は知ってたけど。そんなに、あの、大変なんて思わなかった。あ、あの、俺、俺が代わりにって。じゃあ、俺、漁に行けるの?」

「ああ」

「や、やったあっっ」

 ゼネがかろうじて言葉とわかる、大きな音を出した。傍らの少年がびっくりして見つめているのにも気づかず、そのまま高く飛び上がり、籠を放り出すと階段を駆け降りて、ぶつかるように兄に飛びついた。

「ほんとうだね。絶対にほんとうだね」

「ほんとうだから、そんなにしがみつくなよ。いいか、きつくて泣くようなら、海に蹴落とすからな」

「泣くもんかっ」

 ゼネはまた高く飛び上がった。

「やったあっ。漁だあっ。漁に出るぞおっ」

 そのまま一目散に、眼下にきらめく海に向かって坂道を駆け出す。

「おいっ。待てよっ」

 すでにクポリの声も聞こえていないようだ。あっという間に見えなくなった。

「まったく、しょうがねえなあ」

 頭を掻いて振り返ると、ぼうっと驚いたままの顔がふたつ、縁側から下を見ている。

「ばあちゃん、大丈夫?」

 カラタは目を瞬かせると、横にいる少年を見てから、「・・・大丈夫だよ」となんとかそう言って、ゼネが投げ出した籠を拾い上げた。すると、少年の腹がぐううっと低い音をたてたのが聞こえた。

 竈を振り返り火が落ちていないことを確かめると、カラタはクポリに向かって籠を投げ落とした。

「ちょっと、それに青いものを取ってきてちょうだい。パッシャバとトカトカの実と、おまえならマルの実も楽に取れるだろう。いい頃合だと思うんだよ」




13・生活水準

 貧富の差は目立って大きくはないと思われる。一部、富裕階級や貧困家庭もあるが、外側からわかるほどの差は少ないと言える。




 町まで走っていったゼネは、自宅に飛び込むと両親に漁の話を確認した。それから漁港へ行ってコアツァと話をしようと思った時、祖母に頼まれたことを思い出して、慌ててカラタの家へと戻ってきた。

 床下の水場にいたカラタのところへ息を切らして戻った時には、背後に友人5人を引き連れていた。

「ば、ばあちゃん、ごめんっ。俺、青いの取ってくるんだったっけ」

「なに言ってんの」

 カラタの傍らにいたサナが呆れ声を出した。

「兄ちゃんがとっくに取ってきてくれたし、ご飯だって食べちゃったわよ。そこで会わなかった? 船に行くって、出て行ったばかりだけど」

 ゼネが答えるより早く、腹の虫が派手な音をたてた。起きてからなにも食べていないことを腹も思い出したらしい。それを聞いた友人達は一斉に笑い出したが、彼らの腹もすぐに和音を奏で始めた。

「あら、まだ食べてないの? あらあら、まったくねえ」

 カラタはクポリの置いていった籠の中を覗くと、ほっとしたように微笑んだ。

「上で待っていなさい。持っていくから」

「ありがとうっ」

 大合唱の後、友人達はわらわらと勝手知ったる家へと上っていったが、ゼネはサナにクポリのことを尋ねた。

「兄ちゃん、船に行くって? じゃ、俺も行った方がいいよね」

 勢い込んでいるゼネに、サナは「落ち着いてよ」と顔を顰めた。

「そりゃ、行った方がいいに決まってるじゃない。あんただって漁に出るんだから」

 そこでまたもや走りだそうとしたゼネを、慌てて引き止める。

「急がなくていいの。船の用意はほとんど済んでいるから、後からゆっくり来いって言ってたの。ご飯ぐらい、食べてから行きなさいよ」

「そうか、そうだよね。腹減ってるよ、うん。食べてから行く」

「あと、あの子、淋しそうだったわよ。ゼネを頼りにしてるみたいなのに。ちゃんと傍にいてあげたほうがいいんじゃないの。いまはウラカン叔母さんが面倒みてくれているのよ。船に行っている間、どうするつもりなの?」

「あ、そ、そうか。ええっと、どうしようかな」

 困ったように床下を見上げたゼネを、カラタは「とにかく上がりなさい」と促した。

「これを持っていって先に食べてなさい。あの子は船まで連れていってあげたらどうだろうね。邪魔はしないと思うけど」

 そのまま食べられる青い実を受け取りながら、ゼネは、「そうだよね」と頷いた。

「うん、そうする。昨日も一緒にいろんなところに行ったけど、ずっと大人しくしてたし。それに皆も船が見たいって言ってるから、ちょうどいいよ」

 急な階段をばたばたと上っていく弟を、サナは怒っているのか、顰め顔で見つめている。カラタはそんな孫娘の肩を優しく叩いた。

「あんまり心配してもしょうがないよ。ゼネが自分で決めたことなんだから。ほら、畑に行って水を見てきてちょうだい。私はあの子達にご飯食べさせちゃうから。帽子を被ってね。虫も出てきてるかもしれないから気をつけて」

 口では「はあい」と言いながらも、不満気な顔のまま、サナは畑へ向かっていった。



「おまえ、いつがいいと思う?」

「え?」

 クポリが船に着いた時、コアツァとモンランは揃って波打ち際に立ち、両腕を組んで海を見ていた。2艘の船の傍らでは他の仲間3人が、やってきたクポリを見ている。

――ああ、そうか。

 彼らの食い入るような視線に、クポリはこれからしなくてはならないことに気がついた。

 出漁の時期を決める「コツ」は誰もが覚えなければならない。けれど去年まで、最後の最後はコアツァとモンランで決めていた。それらしいことを仄めかしたりはしてくれたのだが、肝心なところだけは、決して言葉にして教えてはくれなかった。それは本人が掴まなくてはダメだということだ。

――あいつらも聞かれたんだ。

 クポリを見つめる目つきに、期待と不安が現れている。

「おら、いつがいいんだよ」

 振り向いたコアツァの声に押されるようにゆっくり歩いていき、水際に立った。見上げたクポリの目に、蒼茫たる空が映った。



 食事を終えるとコーマが、船を見に行く前に少年が入っていた樽が見たいと言い出した。そこで揃って樽に潜りこんだり、叩いたり、撫でてみたりと、自分達ができるあらゆることをして調べてみたのだが、結局、樽以外のなにものでもないということで意見が一致した。

「無線とか舵とか、そんなのがついているのかと思ったんだけどなあ」

「舵? 樽に?」

 コーマは丸い顔を顰めてゼネを睨みながら、なおも言い募る。

「なあ、他になんか無かったのか。櫂ぐらいあったんじゃないのか」

「そんなの無かった。だいたい、櫂があったって、どうやって使うんだよ」

 ゼネでも頭まですっぽり入れるぐらいに大きな樽は、中も外もてらてらと鈍く光っている。どれだけ考えてみても、どんな角度で眺めてみても、なにで作られているのか、なんで光っているのか、まったくわからない。確かにいままで、誰もこんな樽を一度だって見たことは無いが、それでも樽にしか見えないし、これはやっぱりただの樽だろう。

「なんか入ってなかったのか? こう、機械とか、宝物とかさ」

「宝物ってなに?」

 コーマの幼い弟のシイラが、兄を見上げて尋ねる。

「宝物も知らないのか、おまえは」

「それ、俺だってわかんないよ。宝物って樽の中にあるものなのか?」

「宝物ってさ、どこか、誰も知らないような場所に埋まってるとかだよね」

「あとは海の底に沈んでいるんだよな、やっぱり」

 いつも仲がいいデイグとシュウヤが、揃ってゼネに味方した。海の底と聞いたゼネの胸はどきりとしたが、口には出さなかった。

「ばっかだな。海の底にあるんなら、海からきた樽にあったって不思議じゃないじゃないか。こんなに光ってるんだから、宝物ぐらい、入ってたに決まってる」

「そうかなあ」

 誰もが訝しげ顔で樽を見つめている。それに入っていた少年だけが、不思議そうにひとりひとりの顔を見比べている。

「それで? ねえ、それで、兄ちゃん。宝物ってどんなの?」

 シイラがまた兄に尋ねる。コーマは「うん」と唸ると腕組みをして、少しの間考えた。

「・・・そうだな。まず、珍しい物だな。宝石とか、金塊とか」

「宝石?」

「金塊?」

 どちらもゼネ達、もしくは島では縁の無い物である。それこそ、御伽話などで聞いたことはある。だが誰もがその程度の知識しかない。身近にある物ではないので、誰一人、ぴんとくる者はいなかった。

「そんなもの、どうするの?」

 レシフェの言葉に、全員がコーマを見た。

「どうするって・・・」

 自分を見つめる友達に向かって、コーマは大げさに肩をすくめてみせた。

「どうもしなくても、あるだけでいいんだ。宝物なんだから」

「ふうん」

 気のない返事が誰からともなく洩れ、彼らはじっと樽を見つめた。

「とにかく、仕掛けもなにも無いってことだな」

 デイグがそう言うと、皆は頷きあい、途端に樽への興味を失ってしまった。そしてそもそもゼネが漁に出ることが決まったから、船を見に行こうということになっていたことを思い出した。

「船だ。船、見に行こうぜ」

 言い出すのはやっぱりコーマだ。

「そうだよ、準備はほとんど済んでるって言ってたけど、まだ、俺にもできることが残ってると思うんだ」

 ゼネは朝のように飛び跳ねると同時に駆け出そうとしたが、少年がぐっと強く腕を掴んだのでたたらを踏んだ。見下ろすと、大きな目が不安そうにゼネを見つめている。ゼネは少年の手を握ると言った。

「一緒に行こう。俺、漁に出るんだ」



 かなり長い間、クポリは難しい顔で空と海を睨んでいた。背後ではコアツァとモンランがぼそぼそとなにやら揉めているし、仲間達からは時折、野次が飛んできた。

 心の中はすでに決まっているのだが、それを言い出す踏ん切りがなかなかつかない。出漁という、漁期の一番大事な時を決めるのに他の仲間と意見が合わなかった場合、自分の意見を押し通せるか疑わしい気もした。

「おい、もういい加減、いいんだろう」

 しかしコアツァが声をかけてきた時、クポリは、どちらにしろ自分の意見は変らないのだと気がついた。

 振り向いてふたりに向かい、「明日。夜明け前」とだけ告げる。

 コアツァとモンランは顔を見合わせた。クポリは背中をすっと流れていったもののことは考えないように足を踏ん張った。コアツァはクポリの顔を見返すと、「なんでだ」と理由を尋ねた。いくつか、大きな鍵がある。思ったことを言い終えた時、いままで恐れていたことが嘘のように、クポリの肝は据わっていた。

 コアツァとモンランは再び顔を見合わせると、気心の知れた笑みを交し合った。

「よし。明日、出漁だ」



「俺がすることはなに?」

 ゼネは船に着くなりクポリに叫んだ。ゼネの隣で少年が息を弾ませている。そして彼らを取り巻くように囲んでいる村の子供達が、目を輝かせてクポリと船を見比べている。カラタの家を出てここへ来るまでの間に、その数も倍近くに増えていた。

「そう、だな」

 クポリは子供達の顔ぶれを見渡した。すでに父親の仕事を手伝っている子や、働きに出ている子も混じっている。ゼネの興奮が移っているせいか、まだ子供っぽさが抜けない彼らは、とっくに仕事が始まっている時間だということに気がついていないらしい。

「コーマ、それにグゾフ。親父さんが捜しているんじゃないのか」

 クポリの言葉にはっとしたふたりは、太陽を見上げると慌てて走り出した。

「いけねっ。またなっ」

 他にも数人、後を追うように駆け出していく。

「じゃあなっ」

「儀式するんだったら教えろよっ」

 残ったのはゼネと少年、それにまだ働く年にまで満たない子供達。彼らに学校のことを言っても無駄なのはわかっている。

「で、俺、なにしようか」

「そうだな」

 クポリは出漁が明朝に決まったことを伝えた時、彼らにできることを思いついた。

「え、ほんとうに明日? 明日、漁に出るの?」

 少年たちがわあっとざわめいた。

「ああ、そうだ。いま連絡を取ってるけど、たぶん、この港では俺たちが漁期1番になるだろう。だから儀式に使うバシシャンを集めてきてくれないか。モンラン達も手が足りないから、その分も頼む」

「そうか。そしたら沢山いるね」

 言い終えないうちに、ゼネは駆け出している。子供達それぞれが、自分だけが知っている、もしくは知っていると思っているバシシャンの生えているところへと散っていった。話を理解していないと思える少年も、ゼネの後ろを必死になってついて行く。

 クポリは子供達を見送ってから、まだ言い争っているコアツァとモンランの元へ足を向けた。






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