第1話 プロローグ:入学
お読みいただきありがとうございます。少しでも気になったら応援していただけると執筆する励みになります。是非よろしくお願いします。
桜の雨が舞う中を歩いていた。
花びらが僕の門出に気合を入れるように頬を殴りつける。
藍彩高校入学式。この春から入学する学校に向かっていた。
新しい制服に身を包んだ多くの学生がゾロゾロと学校に向かっている。友人と歩いている人、カップルで歩いている人など様々だが、僕はひとりで歩いていた。
この中に友人はひとりもいない。なぜなら同級生がひとりもいない学校を選んだから……。
僕はひどい裏切りに合った。仲間だと思っていた友人たちに裏切られたのだ。
通っていた中学校では2年生の夏休み前に推薦志望校を決める仕組み。成績優秀者の僕を妬んだ友人たちに「カンニングしている」だとか「家庭教師の女子大生を脅している」だとか根も葉もない噂を学校中にまき散らされたことで、学校での評判が落ちて志望校の推薦も取り消された。
人間不信となった僕は学校には通いながらも孤独に過ごしていた。自宅ではしっかり勉強をしていたが妬まれるのを恐れてテストの点数は抑え、熱中していた野球もやめた。
いろいろな過去を思い返していると学校が見えてきた。
『藍彩高等学校入学式』。ピンク色のお花紙で囲われた立て札が校門に掛けられている。立て札の前で写真を撮りあっている新入生も多い。
校門を抜けると大きな桜の木が立ち塞がった。思わず見上げるといろいろな想いが頭を巡る。高校生活の不安と期待が入り混じった心が渦巻く。
『この学校では学力を最小限に見せよう』。そう心に誓う。人に妬まれることを避けたい。そんな気持ちのまま入学式を迎えた。
* * *
「みんなー、クラスを担当するリョウシマだ」
黒板にでかでかとチョークで書かれる。
──涼島 啓介──
黙って先生の話を聞いているクラスメート。涼島先生の口調が厳しかったのもあってが様子を見ているのだろう。ここで余計なことでも言おうものなら目を付けられかねない。
「じゃあみんな、自己紹介だ。名前、出身校、好きなことと何かあれば一言足しても構わんぞ。出席番号1番は……相田か、そこから順にいきなさい」
自己紹介が始まる。最初は覚えようと必死で聞いていたが徐々に覚えきれなくなって諦める。クラスは総勢40名、丁度男女半々である。
「花咲 椎弥、南中学校出身です。好きなことは……えっと絵です」
別に絵が好きなわけではない。中学校で人間不信になってから野球部をやめて、1人いた3年生の先輩と入れ替わるように美術部に入った。成果物を残さないと廃部になるので黙々とひとりで描いていただけの絵だ。
「おお、花咲は絵が好きなのか。俺は美術部の顧問でな、部員が少ないから入ってくれ!」
食いついてくる先生。墓穴を掘ったが先生の威圧が薄れたことでクラスの雰囲気が柔らかくなる。どこからともなく「ナイス」という声が聞こえた。
自己紹介が続く中、隣の女子に声をかけられる。
「花咲くん、絵が好きなんだね。私も絵が好きなんだ」
ポニーテールの髪が腰まで伸びている。喜んでいるのを現すように右に左に揺れている。
「いや、別に……。何も考えて無かったからつい中学校の部活でやっていた絵と言っちゃっ──」
「よし、みんな自己紹介が終わったな。今日はこれで終わりだ。ここに必要な書類が積んであるから各自持っていくように」
教壇に置かれた書類の束をバンバンと鳴らす。
「それとなぁ、今日から1週間、自由に部活の見学に行って良いぞ。その間にどの部活に入るか決めるんだ。じゃあ解散……。あっ、花咲、それと話をしていた中村、この後で職員室に来い、ちょっと頼まれて欲しいんだ」
どうやら先生に絵のことで眼をつけられたようだ。先が思いやられる。
何人かのクラスメートは「がんばれよー」と、軽く手を挙げたり振ったりして教室を出ていった。
隣に座る女子が勢いよく立ち上がる。長いポニーテールが動きに合わせてふわりと揺れる。
「花咲くん行くわよ!」
心なしか緊張しているようだ。確かに入学初日から先生に呼び出されたら何事かと思ってしまう。
「えっと……中村さんだったよね」
「ええ、中村 茜よ。よろしくね」
彼女は、ゆっくりと立ち上がって帰る準備をしている僕の肩を軽くパシリと叩くと教壇に向かった。
積まれている書類をふたつとると、小走りで戻ってひとつを差し出す。僕がその書類を受け取ると彼女は右手を勢いよく挙げた。
「さぁ、先生の元にレッツゴー!」
職員室は別棟の1階、下駄箱から抜ける連絡通路の先にある。中学校の職員室を広くしたありふれた室内。
「1年花咲」
「と、中村です」
「「涼島先生に呼ばれて来ました」」
奥のデスクで段ボールに本やらをなにやらを詰めている涼島先生。こちらに気付くと手招きして呼び寄せられた。
「悪いなふたりとも、花咲は美術部に入ってくれるだろうと思って呼んだんだ。中村はまあ……とばっちりだな」
「いえ、私も美術部に入ろうと思っていたので……大丈夫です」
「そうかそうか、中村も美術部に入ってくれるか。ふたりともここまで誘っておいて言うのも悪いが、しっかり見学してから決めるんだぞ」
中村と顔を見合わせクスリとしてしまう。
涼島に手渡された段ボールを受け取る。ずしりとした重みを手に感じ、箱の稜が指に食い込む。
い、痛い……。でも……こんな状況で泣き言は言えない。
中村は箱にある何冊かの本をヒョイヒョイと取り上げて机に積み、両手で持ち上げると前を歩きだした。
「中村さん、ありがとう」
「ふふ、良いのよ。わたしは居るだけになっちゃうからね。それと私のことは茜って呼んでくれる? 花咲くんのことは椎弥くんって呼ぶから」
「ハッハッハ、ふたりとも仲良くなったな。じゃあ美術室に小鳥遊が居るからよろしくな」
涼島先生は椅子に座りノートパソコンを広げると手を振って僕たちを見送った。
ひとつひとつの出来事が新鮮に感じる。僕の不思議な学校生活が始まった。