別れのワルツ
ちいさなころ、メアリーは、クリスマスになると、フランクのいえによくあそびにきていました。
フランクのいえは、おとこばかりの7にんきょうだいで、おとうさんはくにをまもるしごとをしていました。
ですから、おとうさんはきびしく、いつもはりつめたようなくうきが、いえにながれていましたが、
メアリーたちがくると、はるののばらがさいたような、うすばらいろのあまいふんいきになるのです。
フランクはメアリーたちがくる、クリスマスホリデーがだいすきでした。
クリスマスをぶじにむかえ、しんねんのおいわいがすんだころ、おだやかなだんわしつで、フランクのおばさんが、ピアノをひきはじめました。
「ねえ、フランク、ワルツをおどりましょうよ。」
ちいさなしょうじょのメアリーがフランクをさそいます。
フランクは、ソファーでほんをよんでいたので、すこしめんどうくさそうです。
さいきん、ヨーロッパのしょうねんににんきの、ベルヌのしょうせつにかれもむちゅうなのです。
みなさんは、ジューヌヴェルヌという、フランスのしょうせつかをしっていますか?
ネモせんちょうがかつやくする、『かいていにまんり』や、
ききゅうや、19せいきにかつやくした、のりものにのってせかいをたびする、『80にちかんせかいいっしゅう』
という、ゆめあふれるさくひんをはっぴょうし、のちにSFのちちとよばれるかたです。
フランクは、どんなさくひんをよんでいるのでしょうか?
ワクワクするものがたりのつづきがきになって、フランクは、メアリーはだいすきですが、いまはちょっと、ダンスをおどるきもちにはなれません。
へんじをしないでほんをよんでいると、メアリーがふまんそうにやってきました。
「ねえ、フランク、おどってよ!
しんせきで、せたけがあうのはフランクだけなんだもん。
ヨーゼフいっせいがいなきゃ、わたし、プリンセスシシーになれないわっ。」
フランクのみみもとでメアリーがさけびました。
プリンセスシシーとは、メアリーたちのじだい、オーストリア=ハンガリーていこくのこうひエリーザベトのあいしょうです。
エリーザベトは、バイエルンおうけのちすじのおひめさまで、とてもうつくしいかたです。
げんこうていヨーゼフいっせいが、そのあいらしさをみそめて、かぞくのはんたいをおしきってけっこんしたものがたりは、
メアリーたち、ヨーロッパのしょうじょたちのあこがれとゆめのちゅうしんです。
メアリーは、そんなシシーのものがたりをよんでもらっては、はじめてのこいとぶとうかいをおもいうかべるのでした。
メアリーにみみもとでさけばれては、さすがにフランクもほんからめをはなさずには、いられません。
「ごめん。ぼく、いまほんをよんでいるんだ。あとでにしてよ。」
しょうねんふらんく、いうときはいうおとこです。
メアリーは、ふまんそうにほほをふくらませましたが、それいじょう、あばれることはありませんでした。
べつのヨーゼフいっせいが、メアリーのちいさなかたにてをかけたからです。
フランクの、5さいちがいのおにいさんアダムです。
「メアリー、いや、いとしのプリンセス。
それでは、わたしとおどってください。」
アダムは、とてもおだやかでやさしいひとです。
ほっそりとしてせもたかく、それでいて、しっかりとしたあごと、りりしくふといまゆが、いしのつよさをあらわしていました。
それでいて、ややしたむきのめじりのみどりがかった、はいいろのめからやさしさがにじんでいます。
アダムはとしのはなれたおとうと、フランクのきゅうちをやさしくすくってくれたのでした。
でも、あらたなヨーゼフやくをメアリーはすこしふまんそうにみあげました。
なぜなら、このひとはとてもしんちょうがたかいのです。
つまさきだちをしなければ、かたにてがとどかないあいてなんて…
メアリーはおよびではないのです。
「おにーちゃんはせがたかくて、つかれるからイヤ。
それに、いっつも、さいごはめんどうになって、わたしをだきあげてくるくるまわしてごまかすんだから。
フランクがいいのっ。」
メアリーは、ブーたれますが、フランクはそれをききながら、ちょっぴりうれしそうです。
アダムは、おこりんぼうのこのちいさなプリンセスをいとおしそうにみつめて、ひざをついてじょうひんにあいさつしながらいいました。
「プリンセス、もうしわけありませんが、このきょくはよくありません。
今、ながれるこのきょくは、ショパンのめいきょく、『ワルツだい9ばん』というのですが、べつのなまえがあるのです。」
アダムが、すこししばいがかっておおげさにメアリーにいうと、プリンセスといわれたメアリーは、すこしきげんをなおして、きょうみぶかそうにアダムにかわいらしいあおいめをむけてききました。
「それは、どんななまえなの?」
「わかれのワルツ?」
メアリーは、ショパンのきょくのなまえにかなしいひびきをかんじて、ふあんそうにアダムをみました。
アダムは、ふあんそうにちいさなまゆをよせるメアリーを、いとおしそうにほほえんでみつめ、
それから、クリスマスのミサのときのしきょうさまのような、むずかしいかおで、メアリーにいいました。
「そう、このワルツは、ショパンが、ひれんにおわった、こいびとのマリアにおくったきょくなんだ。」
「ひれん…」
アダムのことばをききながら、メアリーは、せつなくもロマンチックなよかんにめをかがやかせました。
「ああ、ショパンはね、ドレスデンでぐらしたことがあるんだよ。
そのとき、ポーランド人のきぞくのむすめ、マリアとうんめいてきなさいかいをするんだ。」
アダムは、めをかがやかせてきょうみぶかくみつめてくる、メアリーをみて、たのしくなってきました。
「ポーランドじんのきぞく…。マリアって、どんなひとかしら?」
メアリーは、ふくらんだゆめをはきだすように、とてもあまい、すこしおとなびたためいきをひとつつきました。
ピアノのまえでようすをみていたおばのディアナは、ためいきをつくそのようすが、
メアリーのおかあさんにそっくりなので、おもわずしのびわらいをもらしてしまいました。
「とてもきれいなひとだよ。」
アダムはそうほほえみながら、こころのなかで(たぶん…)と、つぶやきました。
「ショパンはね、マリアがいまのメアリーとおなじくらいのとしのころにしりあったんだよ。
そして、 16才になって、パンジーのように、かれんにせいちょうした、マリアとさいかいして、こいにおちたんだ。」
たぶん・・・
アダムは、しんけんにじぶんのはなしをきくメアリーをみて、すこし、ざいあくかんがわいてきました。
なぜなら、アダムは、マリアのえすがたなんてみたことがなかったからです。
ポーランドじんのともだちが、パンジーがすきなので、てきとうにはなしただけなのです。
パンジーは、げんざいのポーランドのくにのはなとされています。
「じゃあ、おにいちゃんも、メアリーが16さいになったら、メアリーにこいをする?」
メアリーは、むじゃきにアダムにきいてまわりをおどろかせました。
フランクは、おもわずほんをおとし、
おばのディアナは、おませなせりふにあきれました。
アダムは、めをまんまるくして…
それから、かがんでメアリーとめをあわせると、
「プリンセス。あなたは、おとうとのフランクより、ぼくをえらんでくれるのかな?」
と、しんけんなかおでメアリーをみつめました。
フランクは、アダムのことばに、おもわずまえのめりにしせいをただし、たちあがろうかまよいました。
ベルヌもあにのあだむもだいすきですが、メアリーをとられるわけにはいきません。
おばのディアナは、まじめなかおをつくっていても、アダムのせなかが、おもしろそうにふるえてわらっているのをみのがしませんでした。
ディアナが、アダムをたしなめようとこえをかけるまえに、アダムがかなしそうなかおでこういいました。
「でも…、ショパンは、マリアとむすばれなかった。
マリアがわかかったことと、ショパンがびょうじゃくだったから。
ドレスデンをさるときに、ショパンがのこしたのが、この『ワルツだい9ばん』なんだ。」
アダムはそういって、ディアナをみると、ディアナは、かたをすくめてあきれながらも、ピアノをひきはじめました。
それは、クリスタルのちいさなビーだまがグラスのなかではずむような、すこしものかなしいきょくでした。
「いっきょくおねがいできますか?」
アダムがうやうやしくおじぎをすると、
メアリーも、おひめさまのようにりょうてをさしだしました。
ふたりは、かるくてをとると、せいしきなおどりかたではなく、
なみのようにゆれながらきょくをたのしみました。
フランクは、そのようすをしばらくみていましたが、おちたほんをひろうと、また、つづきをよみはじめました。
「でも…わたし、やっぱり、このきょくをきくと、ちいさなころ、
フランクのベッドにもぐりこんだときのことをおもいだすの。
さむいばんでねむれなかったわたしが、ふとんにもぐりこんでもフランクはおこったりしなかったの。
それどころか、だまってわたしのつめたいあしをじぶんのふとももでつつんでくれてね、
やねをつたうみずのおとをききながら、わたしをだきしめてあたためてくれたわ。
そうして、おはなしをしてくれたの。すると、とてもあたたかくなってすぐにねむってしまったわ。
わたしそのときのことをおもいだして、なんだかなつかしくなるの。
このきょくは、わかれのきょくなんかじゃないとおもうわ。ショパンとマリアのこどものころのいいおもいでのきょくなのよ。」
メアリーはダンスがおわったあとにアダムにそういいました。
「メアリー、ぼくとおどってくれる?」
いつのまにか、メアリーのうしろにいたフランクが、すこし、はずかしそうにメアリーにいいました。
「いいわよ。」
メアリーのうれしそうなこえをききながら、アダムはしずかにへやをでてゆきました。