9・竜とダンジョンと冒険者と親父と息子と一応忘れてはいなかった女子会のための食材探し
開けて翌日、女子会のためのウフフレア食材を探すために、サトルはトレジャーハンターのような性質のダンジョンの妖精、ニコちゃんを頼った。
昨日も色々と探すのを手伝ってもらっていたが、今日は特にニコちゃんがやる気十分だったので、ほぼニコちゃん任せにすることで、ダンジョン内のちょっと珍しい採取物をいくつか見つけることが出来た。
そして昼を回ったころ、ニコちゃんが一際激しく反応する場所にたどり着いた。
鳴き声もさることながら、いつも以上に強く光を発し、サトルから離れて飛んでいく。
ニコちゃんの反応する先は、そそり立つ崖。その中腹ほど。岩棚のようになった場所があった。
昨日の頁岩状の岩とは違って、どうやらダンジョン石で出来たかなりしっかりした崖の様。
多少の傾斜はあるものの、滑り台にするには危険な急斜面の崖で、壁面が滑らかな石のようになっており、登りにくそうだが崩れる事は無さそうだった。
「ニコちゃんが反応してるから、ここの上にウフフレア食材は見つかると思うけど……採取はタイムたちでやってもらいたいんだが」
崖を登るなり、崖上に回り込んで降りるなり、タイムたちで決めてくれとサトルは言う。
どちらにするにしてもサトルは行かず、タイムたちが落ちてこないようフォローするつもりだった。
「おうよ!」
「はい!」
「大丈夫です!」
三人は崖の上から岩棚に降りる方法を選んだようで、まずは上に登れそうな場所を探そうと言うことになった。
サトルとホップは位置を伝えるために、下で待機だ。
「僕はどうします?」
人間の姿に戻ったニゲラには、一応タイムたちのサポートをと、一緒に行ってもらった。
どうやら上に回り込むには少々骨が折れたようで、サトルが小一時間ほど待ったところで、ようやくタイムとオーツ、それとニゲラが崖の上から姿を現した。
「あ、ありました! あれですね、たぶん」
オーツが手を振って位置を伝えてくる。
サトルも手を振り返し、そこで間違いないと伝え返す。
サトルとオーツは上を眺めながら言葉を交わす。
「降りるにしても慎重にした方がいいだろうな」
「滑りすぎると大変ですもんね」
昨日今日と話をしていて気づいたが、ホップはオーツよりやや真面目で、流されやすい傾向にあり、オーツはホップに比べてかなりノリと勢いで行動しがちな性格らしい。
最初に嫉妬から悪口を言い出したのはオーツで、流れと心配から強くサトルに言い募ったのはホップだった。
つまるところ、ホップに比べてオーツの方が勢いだけで失敗ごとをやらかす人間だと言う事だ。
「頑張ります!」
そう大きく宣言したかと思えば、オーツはそのまま崖を滑り降りた。たまらずサトルが叫ぶ。
「頑張るな!」
流石に体が資本なのか、ズザーっと滑り降りるオーツは、うまくバランスを取り転ぶような事は無かったが、目的の岩棚の横を通り過ぎ、普通にサトルたちのいる場所まで戻ってきてしまった。
それを見て、タイムが慌てて追いかけるように降りてくる。
小一時間かけて登った成果は無かったことになった。
さすがにこの行動は考え無しが過ぎると、サトルによってオーツとタイムは小一時間叱られた。
何となくニゲラも追いかけてきたので、ニゲラも叱られた。
説教が終わって一息つき、タイムは岩棚を見上げながらサトルに問う。
「けどマジでどうする?」
どうすると問われれば、まあ簡単に解決する方法はある。
サトルはタイムに問う。
「あれ何なんだ? さっき降りてくるときに見えなかったか?」
もちろん見えたと胸を張って答えるタイム。
「ダイヤモンドカラントだな。あんな場所に群生するなんて思わなかった」
サトルの知らない名前だったが、カラントと言うと、ブドウかスグリだろう。
「ダンジョンでだけ採れるんだよな。あんな場所に生えるなんて驚きだ」
「どんな果物だ?」
サトルがカラント自体を認識できていないと思っていないようで、タイムは自分の主観だけで答える。
果物と断定してさらに問えば、タイムに変わってホップとオーツが答える。
「極上の甘さと人を蕩けさせる陽だまりの香り、ダンジョン食材特有の、高濃度の魔力を持っているから、魔法を使う人間にとっては、簡易の魔力補給薬にもなります」
「ダイヤモンドカラントはドライフルーツにして焼き菓子に入れると最高に美味しいです! 名前の由来は、ドライフルーツにした時に、果実内にできる糖の結晶から来たとも言われています」
やはり二人も主観で答える。ただタイムよりも情報量が増えたので、やはりブドウかスグリの仲間のような物であるらしいとサトルは確信できた。
「詳しいんだな」
「ダイヤモンドカラントは、ジスタ教会でも重宝されている薬の原料でもあるんです」
「そうそう、なのでジスタ教会でも買い取りをしてくれているんですよ。あんなにあったら結構な金額になります」
薬や金は今はあまりどうでもいい話だが、使える、使い道も分かっているのなら、それを採取しないというのは勿体ない。
「なるほど。ちょうどいいな、タルトに使える」
「だよな、だよな! サトル! 頼む! お前のちょー何かすげえのうりょくてきなやつで、あれ取れないか? なあ?」
タイムにとっても、カレンデュラの好む甘味の材料と、望みにジャストなウフフレア食材と言えるそれを、どうしても欲しいとサトルにねだる。
サトルはちょっと鬱陶しかったので、タイムの額にチョップを叩きつけて黙らせる。
「よし、じゃあニゲラ、俺を連れてあの岩棚まで運んでくれるか?」
「はい、分かりました!」
サトルの要望に、ニゲラは役に立てると嬉し気に背中に羽を広げ、サトルを抱きしめるように腰に手を回す。
これが嫌だから頼みたくはなかったんだけどなと、サトルは声に出さずにぼやく。
そんな二人の様子に、どういうことだとタイムが詰め寄る。
「はあ? え? なにそれ?」
「ニゲラ飛べるから」
「それ聞いてねえよ」
「言ってないからな」
「最初から言ってくれればいいのに! そしたら俺が飛んで連れて行ってもらえたろ! つかニゲラが一人で行って採取してもいいし!」
時間を無駄にしたとなげくタイムに、サトルは首を振る。
「無理だ、ニゲラだと小さい草の実は潰しかねない。あとこう見えてこいつはシャイだから、俺以外にこういうことしないし」
「はいシャイです」
ニゲラは何故か自信たっぷりにシャイであることを宣言する。
「シャイは自分でシャイとは言わない」
さすがにそれは突っ込みどころだとタイムが声を上げると、ニゲラの金色だった目が一瞬で灰褐色に沈む。
それが泣きそうな時の色だと知っているサトルは、ニゲラを抱きしめ返してタイムを睨む。
「ニゲラは言うんだよ」
サトルに睨まれ、タイムは何故かショックを受け嘆いた。
「お前のそのニゲラに対してだけ妙に甘いのなんなんだよ、っていうか寧ろ俺にだけ厳しい気がする! 俺も甘やかせよ! 何でさっきとか昨日とかも俺ばっか手を上げるの! お前うちの親父かよ馬鹿―」
親父と言われてサトルの眉間に深い皺が刻まれる。
サトルは思った、さすがにこんな子供はごめん被る。
「ニゲラは俺の子供みたいなものだから責任取る必要があるけど、お前は知らん、産んだ覚えない子供はいらん!」
「それ何かおかしいから! サトルのその価値観おかしいから! ニゲラだってお前産んでねえじゃん!」
何故か始まった謎の喧嘩を前に、おろおろするホップとオーツ。
「だったら俺がタイムさん甘やかしますんで!」
「そうっすよタイムさん! 俺たちが甘やかすんで、落ち着いてください!」
落ち着くべきは君達もだ、そう思いつつサトルは眉間の皺を深くし、深々とため息を吐いた。