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8・こんな時でも異世界グルメ「松葉の香りのキャンプ飯」

 サトルが失神したので予定を変更し、一晩ダンジョン内で野宿となった一行。


 安全な場所をどうやって確保しようかと話をした際、ニゲラは、だったら自分に任せろと森の奥へと消えて行った。

 しばらくして響き渡るバキバキメシメシガサガサゴゴゴゴという不穏な異音。


 異音が収まったかと思うと、のそりと森から顔を出す小柄な竜に、サトルを覗く三人は震えあがった。


 小柄な竜と言っても、軽く一軒家くらいは軽くありそうな体躯で、その屈強な前足を一薙ぎすれば、それだけで人間など潰れてしまうだろう。


「ガウ!」


 キラキラと輝くような金色の目で三人を捉え、竜が短く吠える。


「ぎゃああああああ! どうするよこれ如何する! サトル抱えろ逃げるぞ! お前ら!」


 まさかこんな場所で竜に出会うなんてと、慌てるタイムたち。

 そんな彼らに竜は近寄らず、不満そうに唸る。


「グルウ」


 竜の不機嫌な様子を察して、ホップは祈るように手を組み竜に語り掛ける。

 しかし竜の不服そうなグルグルという唸りは収まらない。


「りゅ、竜よ……我々は敵ではありませんんんんん」


 これはもう自分たちでは無理だと、オーツが無理やりサトルの襟首を掴みゆすって起こす。


「ひいいいい、サトルさん起きて、起きてくださいいいいい」


 サトルは呻き目を覚ました。


「ん……んあ? ニゲラ? どうした、何かあったのか?」


 ニゲラと聞いて、三人の動きが止まる。


「グルウ、ガウ」


 サトルの言葉に竜は嬉しそうにバタンバタンと尾を振り回す。そのひと振りで背後の木々がメシメシとへし折れているのは愛嬌だろう。


「ニゲラ……さん?」


 ホップの問いに、ニゲラは「ガウ!」と嬉しそうに答える。


「まさかそんなに大きいとは思っても見ませんでした」


「俺も……というか、竜って大きいんですねえ」


 どうやらホップとオーツは竜を間近で見るのが初めてだったらしい。

 確かに遠目から見ると、あまりの大きさに実像が分かり辛いよなと、何度か竜を見てきたサトルは納得する。


「ニゲラだよ、ほら、感情で変わる綺麗な目の色も、髪と同じ鱗の色も、可愛い鼻先も、そのままニゲラだろ?」


 言われて三人は気が付く。先ほどから竜の目の色は、不機嫌な菫色、好奇心に輝く金色、寂しげな青灰色と、ころころと色を変えていた。

 タイムたちはそもそもニゲラの瞳の色が、感情で変わっていること自体に気が付いていなかったので、その色の変化でニゲラだと気が付く余地も無かったのだが。


「おお……お前、あれ可愛いって、本気か?」


 恐る恐る問うタイム。

 サトルはおっくうそうに身を起こすと、体重を気にして崖の傍に寄れないニゲラへと近付いていく。


「本気だよ、なあ、ニゲラ。お前は本当に、その姿可愛いよな」


「るるぅ、うー」


 バッタンバッタンメシメシバキバキと豪快に木を打ち倒しながら、サトルが寄って来てくれるのを待つニゲラ。


「ああそうか、その形だとまだ声帯上手く使えないんだったな。ん、大丈夫、怖くない、怖くない」


「るううぅ」


 サトルへと鼻先を伸ばし甘えた声を出すニゲラ。サトルは巨大な犬でも撫でるように、ニゲラの鼻先や顎を丁寧に撫でてやる。

 いっそ人間の姿の時よりも親密に竜を手懐ける様子に、タイムたちは茫然とする。


「いや、まあ、確かに竜とは聞いていた、聞いてたけどさあ……まじかあ」


「おお、神よ」


「勇者すげえ」


 これが真の勇者の姿なのかと、三人に妙に感心されているとも知らず、サトルはニゲラを撫で続けた。



 ニゲラが森で何をしていたのかと言えば、バキバキにへし折った木々で、簡単なドームを作っていた。いわゆる竜の巣だ。

 尻尾でなぎ倒した木も材料に使うらしく、器用に引きずって運んでいく。

 ついでに食べるためと、ニゲラが倒した巨大な鹿も。


「それモンスターじゃなかったんだ」


 ニゲラの簡易の巣の傍で、本職らしくタイムが解体を始める。

 ホップとオーツも、巨大鹿の頭を落とす手伝いをする。

 サトルは相変わらず血が苦手なので、とりあえず見えないように背中を向けて蹲る。


 女子会のためのウフフレア食材、とはいかないまでも、これはかなり珍しく、流通の少ない人気食材だとタイムは言う。


「扱いはモンスターと変わんねえけどな。突進だけで人が死ぬし。けどま、こいつは普通に草食の動物。常緑のクラウンって名前な」


 タイムの言葉を聞きつつ、先ほど見た巨大鹿の姿を思い出す。成程王冠という名に相応しい、ヘラジカの様な角をしていたい。ヘラジカと違って雪の降り積もる場所に生息してはいないらしく、鼻先はどちらかというと普通の鹿に近かったが。


 鹿を解体する様子を見ながら、ニゲラがソワソワと体を揺らし、タイムに向かって吼える。


「ガウ!」


 何かを訴えているらしいその目を見れば、興奮と好奇心の金色。


 サトルはタイムに伝える。


「残ったらニゲラが食べたいって」


 サトルの言葉を肯定するようにニゲラが鳴く。


「ガウ!」


「一番の功労者だしそれはいいけど、ホップとオーツはどうだ?」


 タイムは自分は構わないがと、ホップとオーツに振る。二人も異存はないらしい。


「あ、はい、大丈夫です」


「角さえもらえれば」


 どうやら角は、二人の取り分になるらしい。


 血抜きはしなかったので、横倒しになった鹿の上面に来ている部分の肉だけを解体する。血は体の下にた溜まってしまっていることと、巨体なのでそれで十分食べる量に足るからだ。

 解体した肉は、背中から腹、臀部にかけての肉を一抱えもある塊として取り出した。

 肉は道中岩塩の採掘所で直接買い付けた精製の荒い安塩で包んで保存をする。こうして肉を持ち帰るのはよくある事らしい。

 この時ついで買いした塩を店で使っているそうで、だから精製していない岩塩なのかと、サトルはすこし呆れる。


 サトルたちが食べることにしたのは、肩回りの肉。牛肉で言うなら肩ロースの部分だ。


 とりあえず焼く。薬兼ハーブとして持ってきたデイルなどでアクセントをつけ、塩を振って焼くだけ。

 スキレットのような鉄鍋は冒険者の必須アイテムだとかで、タイムとホップの二人ともが持ってきていた。


 なので片方は簡単なスープを作ることに。

 昼間に採ったキノコも入れる。


 そうしてできた物は、煮込む時間が足りずにとても硬かった。

 サトルはカップに取り分けられた自分の分のスープの中の肉を、どうにも噛みあぐねながら不満を漏らす。


「筋っぽい」


「この辺りが美味いから、こっちやるよ」


 タイムが自分のカップから比較的柔らかい部分をと、分けてくれる。


「ありがとう……これは、馬に似てるな」


 臭みの無い赤身肉。肉特有の強いうま味は牛肉程は感じないがそれでも強く、臭みと感じるような、牛特有の油臭さや鉄臭いような匂いもあまりない。代わりにあまりサトルの知らない青っぽい匂いを感じた。

 癖が少なくあっさりしているが肉の赤身の味の強さが、以前食べた馬肉の知る物に似ていると感じたので、サトルはそのまま口に出す。


「馬食うのか?」


 サトルの記憶では、フランスやオランダでは馬肉の缶詰や加工食品が有ったので、たぶんこの世界では忌避さるとは思わないが、イギリスなどでは馬は人間のパートナー的扱いもあり、馬肉食は強い忌避感を持たれた。


 一応言葉を選んで説明をしてみる。


「祖父方の田舎の食文化。けどこっちの方が匂いが、癖があると言うか、まずくはないが匂いが有る気がする。肉の嫌味なにおいが少ないから、肉を食べてる感じが少なくて不思議だ」


 それに対してホップが同意を返す。馬肉の話には特に言及をしないので、あまり変なことだと言うわけでもないのだろう。


「独特な、樹木の匂いがしますよね」


 樹木の匂いと言われて、確かにそうだとサトルも気が付く。杜松の木の実を使う酒、ジンに似た香りだ。

 ジンの香り、松脂にも似た香りは、苦みのある、青い、鼻に残る甘さのある香りとされている。

 その香りが付いた肉は、さてどうやって料理するのがいいだろうか。


 焼いた肉の方を食べてみるも、こちらの肉も硬く、サトルは噛み切るのに苦労した。


「筋切りした方がいいんだけどな、面倒くさかったから」


「やっぱりお前雑だな」


 肉は噛み切りにくかったが、味はやはり獣独特の臭みが少なく、あっさりと食べることが出来た。

 脂身があまり多くないので、胃もたれをするような感じも無い。


 料理の仕方次第ではもっと美味しくできるだろうなと、サトルは考える。


「これって、何か合わせるのに定番の食材とかあるのか?」


 例えば、鹿肉にはキイチゴのソース、カモ肉にはオレンジのソース、のような、定番はあるかと問えば、もちろんだとタイムが答える。


「松ぼっくりのジャムと合うぞ」


「へえ、面白そうだ」


 松ぼっくりのジャムと言えば、ロシアやウクライナなどで土産物として手に入る、松ぼっくりをシロップ煮にしたものの事だろう。


「ちょうどこの辺りは季節だ。明日は松ぼっくりも採取するか」


 タイムの提案に、ホップもオーツも「いいですね」と乗り気だ。


「有名なのか?」


 サトルの問いに、二人はもちろんと嬉しそうに答える。


「スパイス代わりに使われるんですよ」


「癖が強くて嫌いと言う人もいるけど、俺は好きっす」


「俺も」


 そう言えば、肉を食べている間も、二人はずっとにこにことしていることに気が付き、サトルは思わず笑っていた。


「はは、君らも随分、美味い物に目がないんだな」


 そう笑ったサトルに、二人はまるで珍しい物でも見たかのように驚きに目を見開いた。



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