5・女子会の女の字も見当たらないダンジョンとお仕事
ガランガルダンジョンには、管理されている区画とそうでない区画がある。
管理されている区画の最たる場所は、初階層と呼ばれるホールで、サトルの感覚からすると、東京二十三区の一区画分くらいはありそうな広さだ。
そこから続く一次階層と呼ばれる、町の下から山脈下部に広がる数十のホールと、副次階層、疑似階層、変性階層、変成階層などのいくつかが、管理されている区画らしい。
一つ一つの区画、部屋状になっている場所は「ホール」と呼ばれることもあり、冒険者の互助会の上位組合、冒険者ギルドが定めている名前や番号などもある。
この区画内ならば、基本的に冒険者以外のダンジョン下町に住まう人間が訪れることもある。
しかしながら、その中にはグリードボアなどの、強力かつ凶暴なモンスターも生息しているので、必ずしも生きて帰ってくることが出来るとは限らないらしい。
ただサトルはそのことを余り問題視してはいなかった。何せ今回サトルの横にはニゲラがいる。
見た目こそ人間を装っているニゲラだが、その皮膚は人間の使える最大級の攻勢魔法にも耐え、その腕力は人の腰回りよりも太い木々を小枝のようにへし折り、人間が数日掛けて踏破する山脈の頂上まで一日何往復もすることが出来る。
ついでに怪我や病を簡単に治すことのできる妖精たちも付いている。
彼女たちは彼女たちで攻撃手段を持っているので、モンスターに襲われても何の心配もない。
そんなわけで、今回の採取は初階層をさくっと通過し、初階層から直接繋がる第一ホールと呼ばれるホールの一つ、森林と崖の多い「石壁の針葉樹林の二号ホール」に来ていた。
このホールではこの時期、ダンジョン外で言う季節の、春から初夏にかけての森の恵みが得られるらしい。
キノコの季節が春と秋なので、それを見越してだとタイムは説明した。
採取は順調。ホップとオーツはまだ駆け出しの冒険者らしく、この中では一番経験のあるタイムが仕切って、食材となり得るものを探した。
タイムは嬉しげな声で言う。
「すっげえ張り切ってるなあ」
キノコ類は割れやすいので、袋ではなく籠で採取をする。タイムの背負った籠には、そこそこの量のキノコが入っていた。
「そりゃあ、父さんを守ってのダンジョンですからね!」
「いやいやニゲラじゃなくて、ホップとオーツ」
キノコを採取したのはほぼサトルとタイムの二人だが、二人が採取に夢中になれた理由は、ニゲラ及びホップとビーツが常に完全に臨戦態勢を崩さぬまま、二人の護衛をし続けたおかげだ。
「そりゃあ皆さんを守るためですからね! 今度こそサトルさんには怪我をさせません!」
「サトルさんには先日のこともありますし、名誉を挽回するためにも張り切りますよ!」
そう言って二人がかりで切り倒したのは、大型犬ほどのサイズの山猫。
動きが早く、単独で狩りをするのだが、本来は集団で行動している人間を襲う事は滅多にない。そういう異常行動をするモンスターは最近増えているという。
タイムはまさか異常行動をするモンスターに遭遇すると思っていなかったので、金を払ったかいがあったと上機嫌。
「いや、俺自分の身は自分で守るから、一番は自分たちの安全第一で頼む」
しかしサトルは、自分の左手もとで鳴く妖精質の声を聞きつつ、これ俺のせいかもしれない、と思ったり何だったり……。
異常行動をするモンスターは、サトルの連れているダンジョンの妖精たちに反応し、寄ってくることが分かっている。
「はい!」
「分かりました!」
二人の何も知らない元気のいい返事に、サトルは申し訳なさと居た堪れなさで胃が痛くなるのを感じた。
「なあタイム、何で彼らだった?」
「やっすい金で即日中に引き受けてくれて、んで昨日の今日でダンジョン潜ってくれる相手だったから」
「ちょっとお前頬叩かせろ」
言った時にはすでに叩いていた。
「あ、うそ、いたい」
叩く音は軽く、それほど痛くはなかっただろうが、まさかのサトルに暴力を振るわれるとは思わず、タイムとそれを見ていたニゲラだが本気で驚く。
「父さんが怒った!」
「ちょ、マジごめんって、サトル本気で怒るなよ」
さすがにこれは謝るべきかと、タイムが手を上げて謝罪をすれば、サトルは目を三角にし説教をする。
「怒るに決まってるだろうが! お前は何を考えてるんだ! 自分の身を危険にさらすのならまだしも、他人を巻き込んでの無茶を平然としようとするんじゃない! 彼らは聞けば駆け出しの冒険者じゃないか! お前はともかく俺は素人同然で、素人連れでの戦闘なんて彼ら二人には荷が重いだろう! もし彼らが身を挺してでも何てことをして怪我でもしたらどうするんだ! 経験のある人間が重用されるのは理由があるんだ! それを踏まえて反省をしろ馬鹿野郎!」
「え、そこ怒るの?」
依頼料をケチって安全を軽視したことを怒られた、そうタイムは思ったらしいが、実際は、若い子を危険にさらすんじゃない、と怒るサトル。
「当たり前だ、俺はさっきも言ったが自分の身は自分で守る。それができなかった場合は自己責任だと思ってここに来てるんだ。だから俺はいい、問題は二人の危険のことも考えろと言う事だ」
「そ、そうなのか……覚悟決まってんなあ」
「父さんって、本当に本職何なんですか?」
ニゲラの元となった人間の記憶には、こんなにも危険地域での立ち回りに厳しい事務職の人間は無かったので、心底不思議に思いサトルに問う。
「だから事務職だって」
サトルの返事に、事務職ってこんなに危機管理意識高い物だろうかと首をかしげるニゲラ。しかしこれ以上言ってもサトルは答えてくれないだろう。
「事務仕事って大変なんですね」
ニゲラの言葉に、サトルは当然だろうと頷いた。