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2・女子会サプライズ準備

 手伝うつもりはあった。

 サトルは仕事で、やる気はあるが空回りな後輩や、猪突猛進で危ないことをするバイトの子供らを見ていた経験がある。

 なのでそういった手合いの面倒を見ることに苦労を感じることはそうそうなかった。


 しかし、やる気が無さ過ぎて事あるごとに丸投げをしてこようとする相手に、どのように対処すればいいのかは、正直分からなかった。


「やっぱり面倒だな」


 予定されている女子会の五日前、料理の試作をしようと、生き生きと買い出しをし、終えて帰って来た途端のタイムの一言に、サトルはガクリと肩を落とす。

 何故かこの男、酒の仕込みや買い出し、ダンジョンに潜っての食材採集に関してはやたらと喜々として向かうのに、事が複雑化するような、料理などを前にするとすぐにやる気が霧散するらしい。


 本人曰く「待つのも気合を入れるのも見るのも嫌いじゃないけど、考えるのが嫌だ」とのこと。

 どうやら直感的に動いているので、手順を守る事で成功する料理という物が苦手に感じるらしい。


「仕込みくらいは手伝ってやるから頑張れ」


 買い出しの手伝いだけでなく、きっちり調理の方も手伝ってやると言うサトルに、タイムはいい笑顔で返す。


「うーむ、分かった、じゃあスープとタルトをよろしく」


「面倒なところを押し付けようとするな。阿呆」


「サトル厳しい」


 食材の下ごしらえの方がまだ楽だと思っているらしいタイム。

 確かに火力の調整や、調味の際に使う食材の複雑さは、サトルの知っている現代日本とは大分違って面倒だと感じるのも仕方がない。


 何せ火力は調理用ストーブ内の薪の組み方で調整。塩味を付ける際は岩塩を塩水にして不純物を沈殿させてから使う。砂糖は円錐状の巨大な塊をハンマーでたたいて砕き使う。胡椒は無いので果物の皮やハーブを刻んだり潰したりして臭み消しやアクセントに。油も動物油脂、植物油脂、固形、液体と何種類かあり、現代日本で言うサラダオイルのような香りの浅いなんにでも使い易いもの、というのが無いらしい。

 食材も保存がきくように乾燥させているか塩漬け、砂糖漬けの物が多く、食べられるようにするためのひと手間というのがある。

 面倒だと感じるのも仕方のないだけの調理の行程が存在している。

 味付けも塩味を付けるかどうか、食材次第で大きく変わってしまう。保存肉を使ったか、生の肉か、半加工品か、その差が大きすぎるので、うっかり調味の失敗という事が起きるのも頷ける。


 しかし、この調理場のこの時間の主は、あくまでもタイムなのだ。サトルではない。


 ちなみに当日今日する予定の酒の仕込みは、とっくに終わっていると言う。

 タイムは酒の仕込みだけは上手いのは、タイム自身が酒を好きだからなのかもしれない。


「厳しくない。手伝いは手伝い。手伝い以上のことは俺はしないからな」


 自分は手伝いでしかないんだと、もう一度タイムに繰り返せば、タイムはちぇーっと子供っぽく拗ねて見せる。

 本格的に甘えられているようだと気がつき、サトルは駄目だこいつ、早く何とかしなくてはと、額を押さえ呻いた。


 そんなサトルとタイムの様子を見ていたらしく、銀の馬蹄亭の主人が、厨房入り口から声をかける。


「またか、迷惑かけるなタイム。サトルさんすまんね、こんな阿呆で」


「阿呆って言うなよ、俺だって色々考えてるんだっての」


 考えてもそれが行動に結びつかないのなら意味がない。

 いや、まだ行動に結びつかない方が良かったのかもしれないと、サトルはこの後に知る事となった。



 翌日朝。

 サトルが世話になっているダンジョン研究家、ルーの家に、珍しい客人があった。

 タイムだ。

 何故かタイム愛用の肉叩きを巨大に引き延ばしたような鈍器を背に負って、ダンジョンに潜る気満々の格好。


 タイムは玄関先にサトルを呼び出し、笑顔で言う。


「サトル! ダンジョンに行こう! 女子会用の食材探しだ! ウフフレア食材見つけてくれ!」


 そんな野球しようぜ、みたいな感覚で言ってくれるな、そうサトルは言いたくなった。

 サトルはタイムを思いきり張り倒したい衝動を、眉間を押さえながら堪える。


 ダンジョンという場所は、確かに食材の宝庫だ。

 むしろこの町の食を支えるのは、、ヤロウ山脈内で採れる岩塩と、ダンジョンがもたらす恵みだ。

 冷涼な土地でも柑橘類や瓜を入手でき、季節の違う野菜や果物を栽培することが出来る。

 またダンジョン内部にはモンスター以外の、食用となる獣も存在しているので、それらを求めてダンジョンに潜る美食家もいるという。


 なので、ダンジョンの町の食堂の息子として、ダンジョンに潜ろうと考えるのはまあいいだろう。

 しかし、そこで何故タイムが自分を頼ってくるのだろうかと、サトルは心底嫌そうに答える。


「嫌です、何でそうなるんだ? お前は何を考えてそう」


 が、しかし、タイムはサトルの返事を皆迄聞かない。


「行こう! もうすでに冒険者は募った」


 がっしとサトルの手を掴む。


 有無を言わさず連れ去られそうになるサトルに気が付いたか、サトルにいつも張り付いているダンジョンの妖精、キンちゃんが、助けを呼ぶようにフォーンと鳴いた。

 ちなみにこのダンジョンの妖精、サトルと他一名以外には光の粒にしか見えない。鳴き声も妖精たちが大きな声で鳴かない限り、あまり聞こえていないらしい。


「おい!」


 タイムの手を振り払おうにも、サトルは情けないほどに非力。

 ぐいぐいと行くタイムにそのまま引きずられるように歩いてしまう。


 実のところ、元の世界の仕事上、暴漢に腕を掴まれたときの対処法、というのは知っている。一対三などの状況でもなければ、サトルは逃げることもできた。しかしさすがに暴力を振るってまで拒否するのもはばかられる。


「内容が漏れるとまずいから、今回はローゼルさん所じゃねえ人頼ったわ」


 サトルの葛藤に気が付かないタイムは、大丈夫大丈夫と、あまり大丈夫でない情報を追加する。


「うわあ、もうそういうの嫌な予感しかしねえ」


 ローゼルという女性が会長をしている冒険者の互助会は、女子会の依頼主、オリーブが参加している互助会で、普段サトルもタイムも依頼をするのならそこ、という場所だ。


「な、言ったろ? 俺も色々考えてるって」


 良い笑顔を崩さないのがまた腹が立つと、サトルは思い切り踏ん張りタイムの手をねじる様に振りほどく。


「考えるのは良いとして、それで他人に迷惑をかけるな」


「迷惑なのか?」


「むしろ無いだろ、迷惑でない理由」


 心底驚いたと言わんばかりのタイムに呆れるサトル。


 帰ろうと踵を返したサトルの顔面に、助けに来たつもりか、キンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃん、テカちゃんの四匹が雪崩れるように張り付いてきた。

 心配してもらえるのはありがたいが、妖精たちはなぜこんなにも、顔面に貼り付きたがるのだろうか。毒気を抜かれてサトルはすこし冷静になる。


「頼むよサトルー」


 懇願する声に振り返り、サトルはすこしだけ話を聞いてやろうと思いなおす。

 どうせしばらくは予定も無いのだ。


「その頼むよ、の中身次第だろうが。昨日十分メニューは決まったのに、何で今日いきなりダンジョンなんだ?」


 すでに力は貸してやっているはずなのに、それを反故にしてまで何故別の頼みを重ねてくるのか、正直失礼だろうとサトルは思っていた。

 腹を立てるまでには至らないが、納得できない物がある。


「……カレンさんが」


「ん?」


「楽しみにしてるわあ、って……ここで男見せたら、ワンチャンありそうかなあって」


 カレンことカレンデュラはオリーブの冒険者仲間で、サトルも初対面で目を引かれたなかなかの美女。

 サトルの感覚としては、古いタイプのフランス映画に出て来そうな、目元穏やかでグラマラス感のある女性だ。


 マリリンモンローとは言わないが、ああいった女性らしい魅力を前面に押し出す雰囲気もある。女性ならではの武器を理解して使っている、強かで賢い女性だとサトルは感じていた。

 だからこそ、多少男気を見せたところで、チャンスと言えるほどの事は無いんじゃないかなあ、と、とてつもなく冷静に考えてしまう。


「下心満載だなおい。だからウフフなのか、ウフフレア食材って何かと思ったら」


 呆れたと再び踵を返そうとするサトルの腰に、タイムはタックルをかました。

 ずでんとど派手に転ぶサトル。サトルにしがみつき頼む頼むと叫ぶタイム。


「頼むよおおおおおお、俺カレンさんに一目置かれたいんだよお!」


 物を頼むにしてもあんまりなタイムの行動に、サトルはじりじり匍匐前進で逃げようと這いずる。


「だったら余計にまじめに料理作ってればいいだろうが。そもそもカレンデュラは甘い物好きだから、別に料理に力入れなくても」


「だからだろ! カレンさん酒はたしなむ程度なんだよ。オリーブ姐さんに付き合って飲んでも、そんな量は飲まないし、俺酒以外てんでからきしだしさあ」


「お前は別に料理が下手なんじゃなくて、丁寧に作らないから変に失敗したみたいになるだけだろ。丁寧に作れ、そうすればそれだけで十分だ」


 叫びながらもつれ絡まり地面を這う二人に影が差した。


「父さん? この人は何を言ってるんですか?」


 薄青い髪の、中性的な顔立ちの青年が、きょとんと二人を見下ろす。彼はきっとこの状況を打開できる救世主だとサトルは思った。


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