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6・ルートアロエ1

 サトルがローゼルとともに会食に行った日から数日。アンジェリカとの買い物の翌日のことだった。

 この日もサトルは何をすることもなく、ただ以前よりはゆっくりとした心持で、何をしようかと考えていた。


 朝食の食器を洗うのは、朝食を作る際に薪を燃やした後の灰。これを水で濡らした布巾に付けて洗うことで、アルカリ性溶液となり、油汚れなどが綺麗に落ちるのだ。

 先人の知恵とは素晴らしいなあ、と、サトルは今日も食器を洗いあげる。

 地味な仕事だが目に見える成果があるのは嫌いではない。


 洗った食器をえっちらおっちら抱えて炊事場にもどってくると、いつの間にかそこにはアロエがいた。

 綺麗になった皿を上機嫌に運ぶサトルを見つめ、アロエは呟く。


「ママだ……」


「違う」


 アロエは本気なのかふざけてからかっているのか、よくサトルのことをママと呼ぶ。

 サトルをそう呼ぶときのアロエの耳はいつもぴくぴくとふるえていて、実に楽しそうなので、きっとふざけているだけなのだろうとサトルは思っていた。


 アロエはサトルに話があったらしく、せっかくだからと食器を棚に片付けるのを手伝う。

 言動がふざけてはいるが、アロエはいつも仕事が素早く、周囲に気を使っているのがわかる。その様子をサトルは好ましく思っていた。


 口元に柔らかく笑みを浮かべるサトル。機嫌の良さそうなサトルの様子に気が付いてか、今が好機とばかりにアロエが話を振る。


「サトルっちはさ、意外と体術できるって本当?」


 問われてサトルは手を止める。


「……誰に聞いた?」


 アロエはサトルから返ってきた思いの外低い声に、いぶかしむように耳を震わせ毛を逆立てる。


 サトルははっきり言って弱い。肉体的にも弱者で、精神的にも神経質かつストレスに弱い。そう周囲は判断していた。そう判断されるようにサトルはふるまっていた。


 けれどそれが必ずしも正しいわけではないということは、実はサトルと懇意にしている冒険者たちの何人かは気が付いていた。


 アロエがあえてサトルと視線を合わせれば、サトルはひどく暗い目をしていた。


「タイム」


 サトルは軽く唇を噛む。苛立ちを押さえるときに人がしがちな仕草だ。


「できると言うほどじゃない」


「できるんだ?」


 できないと言い切らないのならできるのだろうというアロエに、サトルは無言を貫いた……はずだった。



 ちょっと付き合ってほしい所があったんだと言うアロエに従い、サトルが連れてこられたのは、初めて見る場所だった。

 市街地から離れ、下の町でも城壁の最も端に位置する場所。その分人家は少なく何かしらの工業製品を作っているか、倉庫にでもしていそうな大きな建物が並んでいる。

 道行く者達も、格好に頓着していないのがうかがえた。


 ここはどこかと問うサトルに、アロエは楽しそうに宣言する。


「というわけで! やってきました自警団訓練場!」


 びしりと指さしたのは、更に先にある、ぐるりと周囲を塀に囲われた謎の建物。


「どういうわけだ!」


 行き先を最初に聞いた時に、はっきりと答えなかった時点で気が付けばよかったと、サトルは後悔する。

 炊事場での話を考えれば、アロエが何故サトルをこの場所に連れてきたのか明白だ。


「俺は別に、体術ができるってわけじゃないぞ。本職相手に同行できるわけないだろ」


 呻くようにサトルは言うが、アロエは問題ないよとずんずん進む。


「ははー、大丈夫大丈夫」


 建物はとても簡素な木と漆喰と黒っぽいダンジョン石で作られている。雪をかぶる屋根だけが急な、四角四面の面白みのない建物だ。

 ただし土地だけはやたら広く、建物の後方にかなり広い土地がダンジョン石の煉瓦で作られた塀に囲われている。


 自警団の訓練場、その言葉通りの場所だとしたら、その広い土地が何のためにあるのか、四角四面の面白みのない建物が何のためにあるのかおのずと分かった。


「こんちゃー、この間言ってた異国の人だよ。バジリコさんから話聞いてるよね?」


「ああ、隊長の言っていた。どうぞ、今先客も来ている、いいタイミングだ」


「分かった、んじゃ、いこっか、サトル」


 両開きの大きな門扉の横に、通用口のような小さな鉄の門扉がある。

 アロエは事前に話を通していたらしく、その小さな鉄の門扉の前に立つ自警団員に、一言二言言葉をかけ中へと入って行った。


 アロエに続いて中に入ってみると、そこは全面がダンジョン石で舗装された地面で、地面には馬車の車輪や馬の蹄鉄の跡が見て取れた。

 サトルはそれらをつぶさに観察する。

 異世界の警察権限を持つ組織というのは、実はちょっと興味があった。しかし悪いこともしていないのに、そんな場所に行く用事もない。

 せっかくなのだか見ておきたいとの野次馬根性で、サトルは興味深く周囲を見渡す。


「サトルっち楽しそう?」


「いや、騙されて連れてこられて楽しくはない。けど、ここは興味がある」


「すなおだなー。でもここはただの訓練場だよ。色々あるっちゃあるけど、自警団の本部はもっと上の町の、ルーの家の傍にあるよ」


 アロエの言葉に、サトルはそれはそうだろうなと頷く。

 何せルーの家はガランガルダンジョン最初期の場所。自警団も自治体も、その最初期の頃に立ち上げられた組織であるのは疑いようもなく、町として発展する以前の場所に土地を持っていても何らおかしくはない。


「さっきから本当に楽しそうだね? サトルって、家事してても満足そうだけど、こういう所うろうろしてても楽しそうって、結構お得な性格?」


「かもな」


 四方八方見渡すサトルに、アロエはからかい半分で炒ったようだったが、サトルはそれを気にすることなく同意する。


「むー、素直に頷かれるのはなんか癪。サトルをびっくりさせたかったのにな」


 そうアロエは言うが、驚くよりも好奇心が勝るサトルは、ただただ周りを見て楽しく歩く。


 サトルの感覚からすると、この訓練場は学校のようだった。小学校や中学校の中には、校庭が前庭ではなく校舎後方に広がっている作りの物もある。まさにそれだ。

 体育館のような室内での訓練施設もある。手前の四角四面の建物と思ったそれは、座学を学ぶための校舎だと、中を覗いて分かった。

 日本の小学校に似ているようで、東の方角に大きく窓が付いている。緑色がかってはいるが、透明度はかなり高い。


「飛び道具とか気にしないんだな」


 特に深い意味のない感想だったが、アロエは不思議そうに問う。


「何で?」


 サトルは海外旅行が趣味だったのだが、日本について映像コンテンツで学んだという海外の人間に聞かれたことがあった。「どうして日本の学校はあんなにデカいガラスなんだ?」と。

 その時サトルは「明るくするためだろ」と答えたのだが、相手はそれでは危険じゃないかと納得しなかった。

 何故彼が納得しなかったのか、サトルは日本に帰るための飛行機に乗る際に気が付いた。

 それが、日本では銃火器の使用が制限されているからだと。


「俺のいた国では飛び道具の規制があったから、大きく窓を取る建物が当たり前だったんだ。自然光を取り入れた方が勉強しやすいし」


 当時のことを思い出しつつ、サトルは説明をしてみるが、これで通じるだろうかと首を傾げる。


「ああ成程。これはね、このおっきな窓の建物って、昔の勇者様が教えてくれた建物らしいよ。明るい方がいいよねーって。おっきなガラスの作り方をね、知ってたんだって」


 思いのほかあっさり納得したアロエ。

 その口から出た言葉は、逆にサトルにとって驚くべきことだった。


「昔の勇者様って……俺と同じ国の人間だったのかもな」


 この町では度々勇者や英雄と呼ばれる人間が、ダンジョンによって召喚されているらしく、ルーの持っている時計など、幾つかの技術移転が行われているとは思っていたが、こんな建築に関してもとは思わなかった。

 サトルは面白い物だなと感心する。


「かもねー」


 耳で聞くだけだと気の無い返事。

 しかしサトルはその時のアロエの耳が、サトルの様子を窺うように、ピクリと震えたのを見ていた。


 アロエは気安く見えて、実のところかなり用心深い性格のようだ。

 サトルの何を探りたいのか知らないが、秘密があるに違いないと、懐に鼻を突き入れ嗅いでくる野犬のようだと、サトルは苦く笑った。


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