シャンパンコール
ひょんな事からただのキッチンでオツマミやフルーツの盛り合わせなんかを作るだけのアルバイトから、特定のお客様(姫)を持っているホスト(王子)と言う自分でも意味がイマイチ分からない立場を手に入れてしまった。
店長からは担当の姫が出来た事から、キッチンでの時給3000円+フルーツの盛り合わせ技術料(50%)と言う最初の取り決めにプラスして、担当の姫がお店で使った分の売り上げマージンも渡すと言われた。
そして俺が担当する事となった姫(真実)さんは、ちょっと良くない言い方になってしまうが業界で言う所の【ホス狂い】の気がある女性だった。
初回で俺がお見送りをした日から、3日以上の日にちを開けずにお店にやって来る。最初の内は普通のお客様のようにボックス席で対応をしていたのだが、俺が何かしらのオーダーが入る度に席を離れ、キッチンへと向かう事が気に入らなかったのか、今ではその用途の為にある訳でもないカウンターの椅子に必ず座るようになっていた。
「ねぇねぇ吾朗くん今日もカウンター越しでいいから、私の為に何かフルーツで飾り切りを見せて欲しいな」
俺の姫はやっぱり少し変わり者だ。こんな華やかさの無い言わばヘルプに着いてないホスト達が座り待機する様な場所に嬉々として座り、担当が出来たからと一度スーツを着てきた事があるのだが、いつもの格好でいいとご立腹をした事もあった。
そんな事を思い返しながらカウンターから一度キッチンに戻り、小ぶりのメロンを1つ冷蔵庫から取り出すとまな板とカービングナイフ等のフルーツをカットするのに必要な物を携え、カウンターに座る姫の前へと戻る。
「今日はメロンなんだね、私メロンも大好きだよ」
そんな姫の言葉を聞きながら先ずは座りを良くする為にメロンの下側のヘタを切り落とす。
次にメロンを半分に切り、半分を一口で食べられるように小さくカットしていく。
残った半分は種を取り出した後、網目の付いてる皮を剥き、薔薇の花を刻んで行く。
そうして出来たメロンの飾り切りをお皿に乗せ周りをクラッシュドアイスで飾れば完成だ。
完成した物を姫の目の前に差し出した。
「うわぁ〜綺麗な薔薇の花だね、今日も真実の為にありがとう」
「何かお礼をしなきゃだね……飾りボトルはこの前入れちゃったし何がいいかな?……」
そう俺の姫は2回目に来店した時に、飲む為と言うよりかは、飾る為だけに存在しているボトルを、いきなりキープすると言ったのだ。それもこの店で一番効果なイルカの形を模したボトル【ドルフィン】(中身コニャック)20万円を。
そんな俺と姫のやり取りを少し離れたカウンター席に座る待機ホストの1人である、ひじき君の耳に入ったのか、ひじき君が姫に向かいこう囁いた。
「姫、それだったらシャンパンなんかどうかな?シャンパンにするなら俺たち待機してるホストとヘルプに着いてるホスト全員で全力でシャンパンコールをさせてもらうよ?」
「ねぇねぇ、全員でコールしてもらうには、いくらのシャンパンを頼んだらいいの?氷室くんの初めてのシャンパンコールだよ?どうせなら全員にしてもらいたいな」
「え?いいの?それだと50万以上のシャンパンになっちゃうけど?」
「大丈夫だよ〜それじゃ奮発してドン・ペリニヨンの白いっちゃおうかな」
この店で一番高いシャンパンを頼むと言い出した姫に俺は。
「ちょ……待って待って、高すぎ高すぎ身分不相応だよ俺ただのバイトだぜ?」
と抵抗をしてみたものの。
「私の担当はドンペリの白は似合わないの?吾朗くんを担当に選んだ私は、そこまでの価値が無いの?」
そんな事を言われて「そうだ」等と言える訳が無い。
そしてなし崩し的に……どこからとも無く店中のホスト達が集まり出し、ひじき君がマイクを握りホストクラブの名物の1つでもあるシャンパンコールが始まった。
「♪よいしょ!」『よいしょ〜』
「♪よいしょ!」『よいしょ〜』
「姫様今日もイッてんね〜」『イッてんね〜』
「王子は今日もイッてんね〜」『イッてんね〜』
「財布の中身もイッてんね〜」『イッてんね〜』
…………
…………
「♪それじゃ姫から王子に一言どうぞ」『はい〜』
「吾朗くんいつも私を楽しませてくれてありがとう」
「♪王子様から姫様に〜」『何言うの〜よいしょ!』
「こ……こちらこそありがとう……よっ……よいしょ」