インフルエンザ
俺こと氷室は現在市内にある大手のドラッグストアへと足を運んでいる。
店内に着くや否やお店の薬剤師らしき人を捕まえてこう切り出した。
「すみません、お店にあるだけの皇帝液栄養剤を売ってください。それと葛根湯も」
葛根湯は45包入りで5000円程度であったが、某栄養剤はそれ1本で3000円と言う非常に高値であったが、俺は躊躇い無く会計を済ませた。
帰りの足で若手の売れないホスト達が共同生活を送るマンションの一室に行くと、全員が風邪でダウンしていた。
狭い空間に何人ものホストが暮らしている、1人が風邪を引いたら全員に移るのは明白である
「薬と栄養剤を買ってきた、今からお粥を作ってやるから食べたら薬を飲み、大人しく寝てろ」
この時は誰もがただの夏風邪だと信じていた。寮に住む1人のホストが40度近い高熱を出すまでは……
慌てて病院に連れていき、検査をしてもうと
インフルエンザに掛かっていた。
他の全員を調べ直したら全員がインフルエンザに掛かっていた。
一大事である、若手のホストがヘルプに着くからお店が円滑に回るからである。
担当しているホストが他の姫の相手をしている時間、担当のホストが横に付いていられないのを埋め、楽しませ、店から帰ると言う事を防いでいるのが今はまだ自分の売り上げこそ無いものの、いつか売れてやる!と意気込む若手のホスト達である。
そんな彼等が合計で8人、実に8人もの数がインフルエンザに罹患してしまいお店に出られなくなってしまったのだ。
俺がひじき君と呼ぶ彼などは比較的症状も軽い事から店に出ると言っていたが、出られるから出ても構わない。それが出来ないのが感染症なのだ。万が一ヘルプに付いた姫の誰かに染つしてしまっては、目も当てられない。
それではお店を休みにするか?となるとこれもまた無理に近い話であった。
その日にしか店に来られず、店で担当のホストに会うことを楽しみにしている姫達が必ず存在するからだ。
こうして若手の多くを欠いた状態で、ホストクラブ【EDEN】は今日もまた営業が始まる。
「……と言う訳でヘルプの多くが居ない状態です、みんなで一丸となり困難を乗り切りましょう……」
俺は今、普段であれば絶対に出る事の無い【朝礼】に出ている。丁度今、No.1の姫神のスピーチが終わり〆の儀式に入る所であった。
「それじゃみんなボールペンはあるかな?」
店長の掛け声と共にホスト達が一斉に自分達が着ているスーツの内ポケットからボールペンを取り出す。
「メモ帳は?」
メモ帳を取り出したホスト達はペラペラとメモ帳をめくり、何も書かれてないページがあることを確認する。
「ライターは?」
ポケットから決して安くはないであろうライターを取り出すと、みなが実際にライターに2度3度と火を点す。
朝礼の輪の一番後ろに居た俺も思わず、店のロゴの入った100円ライターを取り出すと、シュ!シュ!と火を点けた。
「何やってんだ俺?俺がライターの確認してどうするよ?しかも店のライターだぜ」
小さな声でそう呟き、思わず取ってしまった行動に少し恥ずかしさを覚えた。
基本キッチンから離れる事が無い俺には無縁の確認事項だと思ったからだ。
それがまさかあんな事になるとは、この時考えてすらいなかった……
その日は丁度週末の金曜日と重なった事から、早い時間からお店は忙しかった。
普段なら絶対にやらないアイスペールへの氷の補充もやったし、ちょっとした洗い物もやった。
驚いたのはこの店のナンバーが付いてるホスト達が率先して自分達より売り上げの少ないホストのヘルプに入り灰皿を交換して、飲み物を作ったりもしていた。
俺もタバコに火を点す暇すら無くそれなりに忙しく。今の時間までにフルーツの盛り合わせを3つ。リンゴやバナナやパイナップルにメロンと言った単体フルーツの飾り切りを5つこなしていた。
とりあえずこの後に何もオーダーの入ってない最後のバナナで作ったイルカさんの飾り切りを出し終えた俺は、カウンターの後ろの棚からタンブラーを1つ取り出すとグラスに氷を入れカルピスの原液を注ぎ、牛乳で割ったカルピスミルクを作るとキッチンのいつもの場所に置かれたパイプ椅子に、ドカリと座るとタバコを1本取り出し先端に火を点けた。
紫煙をくゆらせニコチンで自分を癒していた時にふいにマイクを通して、店長の声で呼ばれた。
「氷室くん氷室くんリクエスト」
と。
用があるなら何時もの様に勝手にキッチンに来ればいいのに。そう思いつつ吸っていたタバコを灰皿に押し付け、パイプ椅子から立ち上がりカウンターへと出ていった。