無茶ぶり無花果その2と合間のふわトロ玉子焼き
最初の料理とは正確には呼べないが、食前酒代わりの無花果を使った思い付きのカクテルを提供した後、ミキサーをキッチンの流しの中に放り込み水に浸ける。手が空いて落ち着いてから、洗うつもりだ。今は洗い物などに時間を取られる暇はない。
持ち込みの無花果を使った物だけに集中出来れば、それにこした事は無いが、他の客やホスト達にとってそんな事は考慮してくれない。
今も尚、簡単なオツマミからある程度の調理を必要とするオーダーが入ってきている。
調理台の上に置かれたいつも使っているメモ用紙を確認した。
これは予め、客の頼んだ物をキッチンに居る俺の元へと伝えに来る若手のホスト達に言ってあった事である。
俺がキッチンに不在の時にはオーダーをこのメモ用紙にテーブル番号と一緒に書いてメモを残していくようにと。
そのメモ用紙を見ると、2つの新たなオーダーが入っていた。
その内の1つはチョコレートの盛り合わせと言う簡単な、要するに盛るだけで終わる物だったが、残りの1つはある程度の時間が掛かる物が書かれていた。
しかも、何か別の調理と同時に進行する事が出来ない。作り終わるまで手と目の離せない物だった。
早速俺は先ずは盛るだけで終わるチョコレートの盛り合わせに取り掛かった、カゴにナプキンを敷き、4種類程のチョコレートをバランス良く3個から4個ずつ盛り付けていく。
手はチョコレートの盛り合わせを作りながら頭の中では次の無花果を使った物と新たにオーダーの来た物どちらを優先するか、作る順番を組み立てていく。
「そうだな……出す順番を1つ変えるか」
そう言うと俺は完成したチョコレートの盛り合わせを持ち素早くカウンターへと移動した後、マイクでテーブルリクエストを掛け、出来た物はカウンターの上に置いたまま急ぎキッチンに戻った。
次に出す予定にしていた無花果を使った料理は少し手間の掛かる物を予定していたが、他のオーダーに時間がそれなりに取られる事から、比較的に簡単に作れる料理と出す順番は変える事にした。
真っ白な平皿を1枚と長方形の皿を1枚とボウルを用意した俺は、冷蔵庫の野菜室から【かいわれ大根】と【豆苗】そしてチルド室から生ハムを取り出す。次いでに他のオーダーに使用する玉子を3つ用意する。
カットした無花果と、かいわれ大根を一束にして生ハムを巻き付けた物を白い平皿に乗せていく。同じ物をもう一つ作り、次に豆苗を一緒に巻いた物も二つ作った。
皿に見映えよく盛り付けた後、少量のオリーブオイルをさっと回し掛け最後にミルで砕いた黒こしょうを無花果の生ハム巻きの上に味のアクセントとして振りかけ、二つ目の無花果料理を完成させた。
玉子をボウルに全て割り入れた後、俺は完成した生ハム無花果を提供しにカウンターへと向かった。
こちらも先ほどの様に店長にリクエストを掛け、そのままカウンターの上に置きっぱなしにしておく。
ボウルの中の玉子を菜箸を使い混ぜ合わせ、黄身と白身が一体となった辺りでボウルの中身の卵液を濾し器を使い3回ほど濾していく。
この濾すと言う工程を挟むか挟まないかだけで、出来上がりのフワフワ感が大いに違ってくる。当然メニューには【フワフワとろとろ】を謳い文句に載っている為、この工程を飛ばす事など考えられない。
玉子焼き専用の長方形のフライパンをコンロに置き火に掛けて十分過ぎる程に熱していく。フライパンが温まるまでに俺は濾した卵液の中に塩を一つまみ、砂糖を小匙三杯、みりんを少々、少量のお湯で溶いた粉末のだしの素を入れ、軽くかき混ぜておく。
熱せられたフライパンの中に少し多めの油を入れてフライパン全体に馴染ませた後、キッチンペーパーを使い余分な油を吸い取らせた。
フライパンの中にボウルの卵液の1/3を流し入れ素早くフライパン全体に卵液を行き渡らせる。玉子が焼かれて出来てくる気泡を菜箸を使い丁寧に潰す。
普通、玉子焼きを作る時は弱火に掛けたフライパンで卵液を少しずつ少しずつ何回にも分けて焼いていくと思うが、強火で一気に多めの卵液を焼く事こそが、フワフワでトロトロの玉子焼きを作る最大のコツである。
もちろん強火でなおかつ砂糖が調味料として使われている為に、焦げる可能性も高くなるのだが、そこは長年の経験でカバーしていった。
フライパンの中の玉子が半熟になる一歩手前ぐらいを見極めた俺は菜箸を上手く使い、フライパンの奥側の玉子を。
「よっ! と」
フライパンを上下に振るのと同時に菜箸も使い1/3程を折り畳んだ。続けてもう一度同じ要領で奥から手前へと玉子を折り畳み、三回折り畳まれた玉子をフライパンのフチを使い側面を焼き固める。
焼けた玉子焼きをまたフライパンの奥へと移動させ、空いているスペースに卵液を1/3入れ半熟手前で折り畳む。
この工程を三回繰り返し、厚みを十分に持つ玉子焼きを焼き上げた俺は。
キッチンペーパーを敷いたまな板の上に焼いた玉子焼きを乗せてキッチンペーパーでくるみ粗熱を取っていく。
焼き立ての玉子焼きに包丁を入れると中身がまだ半熟な事もあり形が崩れてしまう。その為に粗熱を取る間の時間を利用して余熱で中を蒸しあげる。
粗熱を取った玉子焼きに静かに包丁を入れていく。
端を切り落とした物を横に倒して焼き上がりの断面を見た俺は満足のいく仕上がりに一つ頷いた。そしてその切れ端をそのまま指で摘まみ上げ口の中へと放り込む。
「うん。フワフワでトロトロだな……甘味もちゃんと感じられてる」
そうして残りの玉子焼きも一切れサイズに切り分け皿に盛ると、ガラスの小さな小鉢にマヨネーズを入れ玉子焼きの乗った皿と共に俺はカウンターへと向かった。