月末の週末
「3番リクエスト」
マイクを通して、オーダーを受けたテーブルに着くヘルプのホストを呼び出しながら、俺は背後の食器棚から取り皿を2枚と引き出しから、小さな何かのキャラクターを模した箸置きを2個と、割り箸を2膳取り出す。
直ぐにカウンターへとやって来た、着ていると言うよりは着られてると言った方が似合うまだどこか垢抜けていない新人のホストに、振りかけたカツオ節がゆらゆらと踊る、焼きうどんの皿を渡す。
ホストはカウンター横に置いておる銀のトレーを持ち、その上に焼きうどんと箸と取り皿を乗せた後に。
『氷室さん、ありがとうございます』
そう言って料理を運んでいった。
俺はその後直ぐに、キッチンへと戻り次のオーダーを作る調理に取り掛かる。
15cmぐらいの小さなカゴに紙のナプキンを折り敷いた物を準備して、そこに【徳用ミックス】と書かれた色々な種類の入った一口サイズのお菓子の袋に手を突っ込み一掴み菓子を取ってナプキンの上に乱雑に置く。
キッチンに置いておる食器棚から、カクテルグラスを取り薄くスライスした玉ねぎをグラスに半分ほど詰め、玉ねぎの上にグラスのフチから尻尾が飛び出るようにして、あらかじめ茹でてある冷凍エビのむき身をレンジで解凍した物を数匹分並べる。
中心にマヨネーズを盛り付け、最後に彩りの為のパセリを飾る。
手早く簡単に作れる物を2つ作り終えた俺は、調理台の片隅に置いたメモ用紙を手元に引き寄せて、書かれている事を確認した。
「焼きうどん……出した。チャームの盛り合わせ……OK。エビカクテル……よし……次は……アレか……」
そう言ってメモ用紙から目線を外し、向けた先にはビニール袋が置いてあった。
しばらくそのビニール袋の中身の事を考え、思案していたが作った料理をまだ出してない事を直ぐ様に思い出して、頭を軽く2~3度振ると、2つの料理をそれぞれの手に持ちキッチンからカウンターへと向かった。
先程の焼きうどんと同じように、必要とするカトラリー類を用意してマイクを使いそれぞれオーダーを入れたテーブルに着くヘルプのホストを呼び出すと、今回は料理をカウンターの上に置いたままにして取りに来るホストを待たずに、キッチンへと戻った。
今日は夜のお店のかきいれ時である週末。しかも、ホスト達の売り上げと言う順位付けが決まる月末でもあるのだ。
担当を持つホストは一人でも多くの客を呼び。担当の無いホストも営業を普段から掛け何とか店に来させようとしてる客候補達に更なる営業を掛けている。
つまるところ、週末と月末が重なった今日は非常に忙しいのだ。
それに比例して俺である。
今までに無かったようなおしゃれな料理を作り、今までに見た事も無いようなフルーツカービングの技術を使い、アートのようなフルーツ盛りを作る奴がいる。
新しいボトルや値段の高いシャンパン等を客に入れさせられないとしても、オツマミやフルーツ盛りならばそれらに比べて頼ませやすい。少しでも売り上げを上げたいホスト全員からの俺の作る物アピールがすごい事になっているのだ。
おかげで俺は、開店してから現時刻になるまでに一度もパイプ椅子に座る事も、一度もタバコに火を点ける事も出来ずに、ひたすら調理とフルーツカービングに精を出す羽目に合っていた。
「もう……帰りたい……」
キッチンに戻った俺は、一言そうぼやいた後に無意識に調理台角に置いてあるタバコとライターと灰皿を引き寄せようと手を伸ばす。そして伸ばし掛けた手を引っ込めながら、タバコなんて吸う暇が俺に無い事を思い出した。
そして先程から俺の頭の中の7割ほどを占め悩ませている、ビニール袋を手元に引き寄せる。ビニール袋の中には、6個程の無花果の実が転がっていた。
それは30分ぐらい前の事である。
慌ただしくキッチンの中を右往左往して、オーダーをこなしていた俺の元に店長がやって来た。
『氷室く~ん今ちょっといい?』
客が多く入っている事に店の売り上げで頭の中の大半を占めているウハウハ顔した店長がどこか能天気と言うか陽気な声を掛けてくる。
「見て分からんのか!」
そう思わず叫びそうになるのを、ぐっと堪えて俺は無言で店長を睨み付ける。
店長は俺の鬼気迫る表情に一瞬ビクッとした後に、取って付けたような作り笑いを浮かべ、俺の機嫌を伺うように話し掛けてきた。
『忙しいのは分かるんだけど……お客様からね、氷室くんにどうしても調理して欲しい物があるって、コレわざわざ持参して来たんだよ、と言う事でよろしくね』
早口で捲し立てるように、そう話した店長は後の事など知らないと言ったていで逃げるようにキッチンから出て行った。
このくそ忙しい時に、予めある程度の仕込みをする事が出来る店のメニューに載っている以外の物を調理しろ。とのリクエストが来た。
俺は店長が置いて行った袋の中身を見た後に、急いで店長の後を追い掛け。フロアの中へと消えて行こうとしている店長に向けて声を掛けた。
「予定外なんだから、それなりに時間掛かりますからね! ちゃんと待たせる事をお客様に納得してもらって下さいよね!」
そう言うと店長はこちらを振り返り、サムズアップした笑顔を浮かべていた。
「アイツ……ぶん殴りてぇ……」