東堂聖。職業ホストのヘルプ
「いらっしゃませ~みやびさん。お久し振りですね」
俺は目の前のソファに座る女性にそう声を掛けた後に。
「失礼します」
そう断りの声を掛け、女性の目の前に置かれた小さなテーブル越しに丸い小さな椅子を少し移動させて置き、そこに座る。
「今日もヘルプに呼んでくれてありがとうございます」
女性にヘルプに俺を指名してくれた事への礼を述べると、その女性の隣に座る俺の先輩に当たるホストから。
『ヘルプは聖じゃないと嫌って言うからな、気に入られてるな』
そんな風に声を掛けて貰えた。
女性にお礼を言いながら早速俺は自分に与えられた仕事を始める。
女性の座る席のテーブルの傍らに置かれた、見るからに高級そうなガラスのボトルに入ったブランデーを使い、女性と担当ホストの飲む水割りを作っていく。
出来た水割りを最初に女性の前に、次に担当のホストの前に置くと、担当のホストが。
『聖も何か飲めよ』
そう声を発した後に続けて。
『いいよな? 聖にも何か飲ませて』
隣に座る女性に尋ねた。
女性は、笑顔を見せて担当のホストに。
『うん。もちろん』
そう答えた後に俺の方を見て。
『ひじき君も遠慮しないで沢山飲んでいいからね』
俺はその言葉に心の中で。
「はぁ……今日も酔い潰されそうだな……」
そう思ったがそんな事は微塵も表情に出さず、むしろ嬉しさでいっぱいです。と言う笑顔とわざとテンションを上げた声で。
「ありがとうございます。いただきます。みやびさん優しいから俺大好きです」
と心にも無い事を言ってお礼をすると、席を立ち店のカウンターに向かう。
カウンターの下にあるドリンク用の冷蔵庫の中から1本のビールの小瓶を手にして、食器棚からビールグラスを取り、急ぎ元のテーブルへと戻った。
自分でビール瓶の中身を持ってきたグラスに注いだ後に、空元気な声で。
「いただきます」
そう言って女性の前にグラスを差し出した。
女性が飲んでいる高級ブランデーの水割りが入ったグラスを軽く持ち上げると俺は、女性のグラスが必ず俺のビールグラスよりも上になるようにして、軽くグラス同士を重ねた後に担当ホストの方にグラスを移動させる。
同じように担当ホストのグラスと乾杯をした後に、俺は自分の持つビールグラスに注がれたビールを一気に飲み干した。
それからは、担当ホストと女性の会話に適当な相槌をしたり、女性が久しぶりに来店した事と、もっと頻繁に来店して欲しい事を言葉巧みに話ながら、水割りを作ったり灰皿を交換したりと、小間使いの役割を行う。
それからそんな和気あいあいとした時間が流れて行ったが。
しばらく経った後に、店に備え付けてあるスピーカーから声が店の中に響いた。
『神崎 仁。7番リクエスト』
スピーカーから流れた音声を聞いた途端に目の前に座る女性が見るからに落胆した表情を浮かべた。
担当しているホストは女性の耳元に自分の口を近付けて。
『直ぐに戻るから、いい子で待ってろよ』
そう言って席を離れる準備をした後、背を立つ。
席を完全に離れる直前に担当のホストが客の女性と俺に声を掛けた。
『それじゃ聖、みやびの事頼むな。みやび、あんまり聖を困らせるなよ』
俺はこの言葉を聞き、心の中で。
「本当……困らせるなよ……大人しく待っててくれよ……」
そう思わずにはいられなかった。そんな事など起きる訳が無いと言う事を知りながら……
その後、担当ホストに他の客から指名が入り、そちらの接客の為に離れて行ってしまった俺の目の前に座る女性は、少し落胆している。
ここからが、ヘルプに呼ばれた俺の本当の仕事の始まりだ。
俺はこの目当てのホストが隣に座っていない女性を、担当ホストが戻って来るまでの時間、退屈させないように、機嫌を損ねないように、ましてや『帰る』等の最悪な言葉を口にさせないように、道化に徹していく。
それから何とか場を持たせていた俺がヘルプに着いているテーブルの隣のテーブルから大きな女性の歓声が聞こえてきた。
ふと目の前の女性から視線を外し、隣のテーブルを見ると俺は何故女性が歓声を上げたかの理由に直ぐに気付き納得してまた目の前の女性に視線を戻した。
目の前の女性は隣のテーブル席をじっと見つめていた。
そして、おもむろに俺の方に向き直ると今まではソファに深く座っていたのを、背もたれから背を離しテーブルを体で覆い隠すぐらいの勢いで俺に体ごと迫ってきた。
『ひじき君! ひじき君! 何あれ? あのフルーツ盛り何?』
俺は、これと同じような光景を何回か目にしていた為に落ち着いた表情で女性に説明をしていく。
少し前からうちの店に突然やって来た、生意気で横柄で口がとても悪い、でも本当はとても優しく思いやりに満ち溢れ。
そして何より……今までの店には無かった【新しい風】を持ち込んだ今もきっと彼の戦場であるキッチンで一仕事を終えパイプ椅子にふんぞり返り、タバコを咥えているであろう、俺が大好きな彼の事を……




