お披露目
キッチンの中に置いてある食器棚。その中から真っ白な平皿を一枚取り出して布巾を使い表面を軽く撫でるように拭く。
そのまま調理台の上へと置いた皿の上に、ロックグラスに詰めたバラの花を模した桃のコンポートゼリーを置いたあと。
先程皿を拭いた布巾を丸めて、ロックグラスの横に置いた。
ロックグラスと布巾の位置を皿の上で、あっちに置きこっちに置きしていく。
付け合わせとなるアイスクリームを盛り付ける位置と桃のコンポートゼリーの入ったグラスとのバランスが良い盛り付け方を模索している。
「う~ん……バニラかチョコミントかどちらかを選んでもらう予定だったが、この際2種類とも盛り付けるか……」
アイスクリームが1種類だけだと、どうにも腑に落ちない盛り付けになってしまうと感じた俺は、いっそ2種類とも盛り付けると言う選択にした。
盛り付けのイメージが固まった事で、今回の新作デザートの準備は全て整った。
俺は平皿はそのままに桃のコンポートゼリーだけをまた冷蔵庫に戻した。客に出す事を前提とした盛り付けをして店長や中堅・上位のホスト達にサンプルとして出す予定である。
実物を見た後ならば、どんなデザートなのか、どんな味なのか、客に説明もしやすくまた、頼ませやすいと考えたからだ。
客に提供するに値するだけの物に必要な工程を全て終わらせた俺は、今度こそはと一気に肩の力を抜き、傍らに避けていたパイプ椅子に腰を下ろしてタバコに火をつける。
しばらくタバコの味と煙を楽しんでいると、店の表の方が少し賑やかになってきた。
若手ホスト達は毎日の日課の外回り営業へと、とっくに出掛けている時間なので、店にやって来たのは店長や自分が担当する客を1名~2名持つ中堅のホスト達、同伴出勤をする予定の無い上位のホスト達が出勤してきたのだろう。
店のフロアへと続く通路の向こうから聞こえる話し声を聞き付けた俺は、手にしていたタバコを灰皿へと押し付け火を消した後に、手を洗い調理を始めた。
先程の平皿の上に冷蔵庫で冷やしていたロックグラスの中に咲かせたバラの花のゼリーを、先程あれこれと悩んで決めた位置へと置く。
次に深めの小鉢と大きめのスプーンを用意すると、小鉢の中にポットのお湯を注ぎその中にスプーンを浸けておく。
続き冷凍庫の中からバニラ味とチョコミント味のアイスクリームが入った業務用の容器を取り出し、お湯で温めていたスプーンの表面に付いた水気を軽く切り、温かいスプーンを使いバニラアイスを掬っていく。
この時に、ただ掬うのでは無くスプーンを上手く使いアイスクリームが楕円形のアーモンドの種とラグビーボールの中間のような【クネル】と呼ばれる形へと整えていく。
クネルの形に整えたバニラアイスを平皿の決めた位置へと静かに移して盛り付け、同じようにチョコミントのアイスクリームも盛り付けた。
そして冷蔵庫の中からイチゴを2粒取り出し、カービングナイフを使い、イチゴにナイフを次々と入れていきイチゴで出来た花を手早く作る。
今までに何百回と作ってきたイチゴの花をバニラアイスとチョコミントアイスの横に飾り、最初に作った液体状のままの桃の小さな角切りが入った本来の桃のコンポートをチョコミントアイスに掛け、最後にバニラアイスの上に彩りとして小さく千切ったミントの葉を添えて完成させた。
完成させた新作デザートの皿を持ち、キッチンから表のカウンターに移動しカウンターの上に静かに皿を置いた俺は、店長やその場に居るホスト達に声を掛けた。
「店長、みんな、おはよう。ちょっといいかな? 今日から出す新作のデザートを作ったから」
そう言うと店長やホスト達がカウンターへと集まってきた。
みんなは、それぞれ新作のデザートを色んな角度から眺めてみたり近くに居るホスト同士が何やら話し合っていたりしていた。
俺はそんな彼らの表情を見て、好評ではあることに胸の中で小さく安堵する。
『お~氷室くん、予想してたより何かスゴイの作ってきたね』
そう店長に声を掛けられた後、みんなにも聞こえるように少しだけ声を張り新作デザートの簡単な説明を始めた。
「今回の新作は桃のコンポートゼリー。最初はゼリーじゃなく桃のコンポート、桃のワイン煮と言う少しトロミの付いた液体で、添えてあるアイスクリームにそのコンポートをソース代わりに掛けて一緒に食べて貰う予定だったんだけど、桃のコンポートの見映えを考え急遽ゼリーにしてみた。これなら桃で作ったバラの花が崩れる事もないから」
「一応、チョコミントアイスの方にはそのソースが掛かってるから」
そう言ってデザートの説明を終わらせた俺は次に。
「実物を見た後の方がオススメもしやすいだろ? 提供時間は……そうだなぁ……15分から20分ぐらいだな」
そう言って今度はホスト達に向け声を掛ける。
その後もホスト達は各々がこのデザートを客に注文させる為の方法、少ない数ではあるが、俺の作る物を好きで居てくれるファンの客達に、氷室の新作デザートが今日から始まると言う事をネタにして、店に遊びに来るようにと携帯を使い営業活動を始める。
ふと横に視線を向けると、店長が何やら思案顔で、じっとデザートを眺めている。お気に召さなかっただろうか? そう思った俺は店長に声を掛けた。
「店長どうしたの? お気に召さなかった?」
そう言うと店長は視線をデザートから俺に写した後。
『いやいや……逆、逆、氷室くんは本当スゴイって感心してたのよ、後……このデザートをいくらで客に出そうかと考えてたの、この見映えなら1万円でも行けそうだなぁって』
その店長の料金設定を聞いて、本来なら2,000円程度の値段が妥当な物に5倍もの値段を付け、それでも確実に売れると言う店長の言葉に、俺が今バイトとして働くホストクラブと言う店は、色々と本当に特殊なんだと改めて思った。
『氷室さん、コレさ……あの……』
同伴出勤の予定が無かったのだろう、この店のNo.1である姫神が、らしくないどこか遠慮した感じで声を掛けてくる。
俺はそんな姫神の顔を見ただけで、何が言いたいのか察して、食器棚の引き出しを開け適当に数本のスプーンを取り出すと、笑顔でスプーンをカウンターの上に置きながら。
「もちろん、味も知ってなきゃな」
そう姫神に言った。