初日~その5~
その後も、ちょくちょくとオツマミのオーダーが入ってきた。
「う~ん……もっとヒマかと思ってたが意外とオーダー多いんだな」
そんな感想を持ちながら、合間合間に適度に休憩を取り、キッチンで過ごしていたら、とうとうヤツのオーダーが来てしまった。
『氷室くん、7番にフルーツの盛り合わせ1つお願いします』
まぁホストクラブでオーダーが無い訳が無いよな。始めからその事は折り込み済みだった俺は、咥わえていたタバコを灰皿に押し付けて火をもみ消してから、気合いを入れて立ち上がり、フルーツの盛り合わせに取り掛かる事にした。
だが、その前に大事な事を聞いておかなければいけなかった。
オーダーを持ってきたホストですら、そんな大事な事を伝えて来ない事から考えても、以前まではそんな事を気にも留めていなかったんだろう。
俺は、オーダーを通して席に戻ろうとしていた若手のホストに声を掛けた。
「フルーツの盛り合わせは了解、それでお客さんは何が好きだって?」
俺の質問の意味を直ぐに理解出来なかったようでホストは、怪訝な顔を浮かべていた。
「いや……だからお客さんの好みのフルーツだよ、何が好きだって? それによって使う物と使う量、それに出来上がりも違ってくるんだから」
そこまで説明して理解出来た若手ホストは。ある意味俺の予想通りの返事を返した。
『あっ……ちょっと待ってて、今聞いてくる』
慌ててお客さんの元に戻って行くホストを尻目に見て俺は、フルーツの盛り合わせに使う皿を取り出し、冷蔵庫からある程度の種類のフルーツを出し準備を進めておくことにした。
やがて、2~3分程で戻って来たホストから、お客さんは特にリンゴが好きだと聞いてきた。
俺はそのお客さんの好みに、内心喜んだ。何故ならリンゴ程、フルーツカッティングに適した果物は無いからだ。
取り合えず女性ウケを狙いパンダでも作り後はメロンを池に見立て白鳥を飾り、周囲に花の飾り切りをしたフルーツを散りばめた物にでもしておくか。俺は自分の頭の中で出来上がりを想像しながら、フルーツの盛り合わせの作成に取りかかった。
暫く経った後、俺が店に来た時に文句を言っていたホストが、それなりに大きな声で怒鳴りながら俺の元へとやって来た。
『おい新人! さっきから呼んでるだろ? 氷だよ氷! 用意しろよ!』
俺は、何やら非常にいきり立っているホストを一瞥した後、またフルーツの盛り合わせを作る作業へと戻っていった。
その俺の態度が気に入らなかったのか、更に俺の元へと詰め寄って来た。
「おい、それ以上寄るな包丁使ってるのが見えないのか?」
ホストは俺の言葉を聞き素直に近寄ってくる歩みは止めたが、口は変わらず文句を言っていた。
「なぁ、お前が店長に俺の事をどう聞いてるのか知らんが、俺は店長に雑用はしなくていい、キッチンの事だけやってくれたらいい、そう言われて特に来たくも無い繋ぎの手伝いに来てんだよ、氷? そんなもんお前が入れて客の所に持って行けよ、お前どうせ担当も居ないヘルプにしか着けないようなホストなんだろ?」
俺の余りにもハッキリとし過ぎた物言いに、二の句が次げずに黙り込んだ若手のホスト。
「ほら、お前がグダグタ言ってる間も、客は氷待ってるんだぞ、後お前が俺に文句言って俺の手を止めてる間も、客はこのフルーツの盛り合わせ待ってるんだぞ、お前がどういうつもりか知らんが、客を待たせてもいい身分のホストには俺には見えんが?」
俺のこれ以上グダグタ言うなら、店長も巻き込んでハッキリとさせてやるぞ? 俺の言い分が通った後にお前の立場は無くなるがいいのか? と言う意味を込めた言葉を聞いて大人しく引き下がり、キッチンから出て行った。
その後、フルーツの盛り合わせを完成させた俺は、一仕事を終え椅子に座りタバコを吹かして休憩しようと目論んだ。
しかし……俺が作ったフルーツの盛り合わせを見た、近くの客や、ホスト達からその後もフルーツの盛り合わせのオーダーが途切れる事も無かった。
何個目かのフルーツの盛り合わせを作り、お客さんに提供して暫くすると、店長がニコニコと微笑みながら、キッチンの中へと入ってきた。
『氷室くん、今ヒマ?』
まぁパイプ椅子にふんぞり返って座りタバコを吹かしてる姿を見てくれれば分かる通り、ヒマではある。
店長に向かいヒマですよ。と頷き答えると。
『ちょっとお客さんが、呼んでるから来て貰ってもいい?』
「はぁ?? 何言ってんすか? 店長、嫌に決まってるじゃないすか」
この人は突然、何を言ってんだ? そう思い拒否をしたのだが、店長はどうしても、ちょっとだけでいいから。そうしつこく俺を客の前に引っ張り出そうとしている。
既に一部と言うか一人のホストに嫌われたようだし、ここで強く出るのも今後に悪い影響しか無いか。そう思った俺は、本当チラリと顔を出すだけを条件にして、店長に連れられて客が座るテーブルへと移動した。
テーブルには、横にホストを一人座らせ、テーブルを囲むように何人かのヘルプのホストを独占している、見た目20代後半ぐらいの、少しケバ目な如何にも【風俗嬢】と言ったような女性が座っていた。
『ほら、ミズキちゃん連れて来たよ、彼がリンゴのパンダさんを作った張本人』
店長がその女性に俺の事を軽く紹介すると、女性は俺の顔に視線を向けて、途端に満面の笑顔を見せた。
『お兄さんが、このパンダさん作った人?』
「そうです……気に入りませんでした? 申し訳ないです」
そう言って、頭をおざなりに少しだけ下げた俺の姿を見て、その女性は慌てたように。
『反対、反対だから、めっちゃ可愛いって気に入っちゃって、どんな人が作ったんだろう? って見てみたくなっちゃったの』
『ミズキ、見た途端に携帯取り出して、写メ撮りまくってたもんな』
女性の横に座る、この女性の担当ホストらしき男がそう言う。
『こんな素敵なフルーツ盛り初めて見たよ、私の為にこんな可愛い物作ってくれてありがとう、お礼に……シャンパンでも入れてあげたいけど?』
そんな女性の感謝の気持ちは素直に嬉しいのだが。俺は別にホストとしてこの店に居る訳でも無い、シャンパンの売り上げが俺の懐に入ってくる事も無い。ましてやまだ店は営業中であり、俺はこの後も包丁等を使って仕事をする。アルコールなんかを体内に入れて、手元でも狂ったら大変だ。
「刃物を使う仕事をしてるので、お酒は……喜んでくれたって気持ちだけで十分作った甲斐ありましたよ」
俺が女性からのお礼を固辞すると、女性の方も俺の事情を理解してくれたのか、シャンパンを頼むと言う行為は取り止めてくれた。
しかし……何故そうなるのか不明なのだが、その女性は自分の持つブランド物のバックから財布を取り出すと、無造作に数枚の日本銀行券の最高金額が書かれた紙幣を私に渡そうとしてきた。
『これ、シャンパンの代わりに受け取って、チップなら受け取ってくれるよね?』
そう、無邪気に微笑みながら言う女性の気持ちに負けてしまった俺は、丁寧にお礼を述べた後、チップを受け取り、少しだけ提供したフルーツの盛り合わせについての話をした後、テーブルを離れキッチンへと帰って行った。
因みに、チップの金額は5万円もあり、大いに驚かされたのは言うまでも無いだろう。
「風俗嬢って金銭感覚狂ってんだな……たかがフルーツの盛り合わせのチップにこんなに金くれるのかよ……」
俺は臨時収入に喜びつつ、帰りは少しだけ豪勢な飯でも食うか。
そう思った。
深夜から営業が始まり明け方に閉店を迎えるホストクラブ。そんなホストクラブでの臨時のバイトも気が付けば、もうほんの1時間程度で閉店時間を迎える頃。
そろそろ、オーダーストップも掛かったし片付けを始めるか。
そう思い、生ゴミ等をゴミ箱に入れ、ゴミ袋の口を閉じ。簡単な掃除を済ませ、使用したまな板や調理器具を、塩素系漂白剤を使い消毒していく。粗方の後片付けを終わらせた俺は、キッチンからカウンターへと移動して、置いてあるグラスに飲み物を入れようとしていた時。
足元に何やら物体が転がっていた。それは、俺に文句を言ったり、突っ掛かって来ていた若手のホストであった。俺はそのホストの傍らにしゃがみこみ、様子を伺うとどうやら、客に無茶ブリされてしこたま酒を飲まされ、潰れているようだ。
「お~い、大丈夫か? 生きてるか?」
そう声を掛けると反応は見せるが、何かを言う程の元気も無さそうだった。
仕方ないねぇ……こんなのでも、これから一緒に働く仲間だし。
そう思った俺は、カウンターの棚にきっと【見映え】だけの目的で置かれていた金属製の【シェイカー】を手に取り、シェイカーの中に氷とミネラルウォーターを入れキッチンへと戻る。
調味料が置いてある一画へと向かい、一つまみの塩と砂糖を目分量でシェイカーの中にブチ込み、シェイカーをシャカシャカと振った。
出来上がった物をグラスに移し、カウンターの裏で、ぶっ倒れている若手ホストに、グラスを渡す。
「おい、これ飲め」
そう言って俺が差し出したグラスを受け取り一口飲んだホストは、予想以上に美味しくない飲み物に顔を歪めながら。
『マズッ……何これ?』
「手作りの【経口補水液】知らんか? 病院で打つ点滴の中身に似たようなもんだ、酒飲み過ぎて体が脱水してるから、マズくても全部飲め、楽になるから」
若手ホストは俺の説明を聞いた後、我慢して一気に飲み干した。
『ありがとう、色々と文句言ったりして、ごめんな……これからよろしく氷室くん』
俺はそんなホストの言葉を聞いてから、そのホストの頭を一つペチンと叩いた後。
「こちらこそよろしくな、売れないホスト君」
そう言ってまたキッチンに戻った。
こうして、ヤル気がまったく無かった臨時のバイト仕事だったが、意外と面白くなりそうだ。そう感じていた俺のホストクラブでの初めてのアルバイトの初日が終わった。