デザートと賄いの仕込み
買ってきた食材達を冷蔵庫の中、冷凍庫の中へと収納し終わった頃、入って直ぐに点けたエアコンが良い感じにキッチンの室温を冷やしてくれていた。
俺はいつもの調理台の前に折り畳み片付けていたパイプ椅子を持っていき、腰を下ろした。
タバコを1本取り出し口に咥わえた後、火を点ける為のライターを手の中で数回クルリクルリと回転させ弄びながら次の瞬間、口にしていた火を点けていないタバコを灰皿の上に落とし、ライターを調理台の上に置いて、おもむろに椅子から立ち上がる。
「やっぱ先にやっとくか……」
一言漏らした後、俺はパイプ椅子を折り畳み邪魔にならない隅へと追いやると、前日の後片付けで消毒中のまな板などを流しの中に置き水道の蛇口をひねり水と洗剤を使い消毒液を洗い流していった。
この後に新しく店に出す為のオツマミと言うか女性へのウケの良さを第一に考えた、ある意味でホストクラブに一番相応しいであろうデザートの仕込み。
いつでも腹を空かせた万年金欠の若手ホスト達に食わせる為の賄い飯。
これらを調理する時間を考慮して、普段なら休憩をしているはずの時間から開店前の準備に取り掛かる事にした。
それから15分ほど掛けて準備を終わらせた俺は、冷凍庫の扉を開け中に入っている食材達を暫し眺める。
デザートに関しては既に出勤前の自分の部屋であらかたの完成形を思い描き終わっていた事から、頭の中は今日の賄いを何するか。を考えていた。
「まっ今日はデザートの仕込みに多少なりと時間と手間も掛かる事だし、その分賄いに割を食ってもらうか」
あくまでも大事な事は、お客様に提供する物が最優先である為に、従業員である若手のホスト達に食わせる賄いを簡単に作れる物にしようと決めた。
賄い飯のメニューを決めた俺は、先ず時間を取られるであろうデザートの仕込みから入る。
前日、店長に試食の為に提供した桃のコンポートを作る為に冷凍庫の中から買ってきた佐渡の姫と言う名前の付いた桃を取り出す。
この桃は大将がすすめてきただけあって、俺の理想とする桃の固さを持っており煮込むと言う調理が必要なコンポートに最適な桃であった。
桃を冷凍庫から調理台の上に置いたまな板の上へと移動させた後、毎日自分の部屋に帰ってから丹念に研いだ、ペティナイフを使い桃の中心の種にナイフの刃が当たるまで入れ、その後桃を回すようにしてナイフで桃に切れ目を入れる。
半分に切れた桃を捻るように回し種と果肉とに分けていく。
きれいに種だけを取り出したいくつかの桃の皮をナイフを使い剥いた後、適当なサイズにカットしていった。
カットした桃を雪平鍋の中へと入れ、そこに安物の甘口白ワインを適量流し入れ、鍋を火に掛ける。
沸騰してきたら、ワインのアルコール分が飛ぶまで少しそのまま煮込み、アルコールが飛んだと思われる頃合いを見計らってコンロの火を弱火にしてコトコトと煮詰めていく。
桃も煮込まれ少しトロ味が付いたのを確認してから、スプーンに煮込み汁を掬い味見をした後に、最終調節の為のガムシロップを適量入れ、軽くかき回し最後の味見をし満足の出来る味に仕上がった事を確認してコンロの火を止め、鍋の中身をボウルに移し替えた。
そのまま調理台の隅にボウルを置きあら熱を取る為に暫く放置しておく。
その間に俺は、果肉をそのまま使用するためのコンポートに使った桃とは別の品種の黄金桃を冷蔵庫から取り出し、先程の桃と同じように種と果肉へと切り分け、皮を剥き、こちらは薄く三日月形にスライスしていく。
桃の仕込みを終えた俺は、スライスした桃を並べた皿と常温であら熱を取っていたボウルそれぞれにラップをした後に冷蔵庫の中へと戻した。
その次にそのまま冷蔵庫の中の野菜室の引き出しを開け中から、あさつきを。そしてチルドルームからカニカマと玉子を必要分取り出した俺は、調理台へと戻った。
ズボンのポケットから自分の携帯を取り出し開いて画面に表示されている現在の時間を確認した後、あさつきを水洗いし文化包丁を使いみじん切りにしていく。
みじん切りにしたあさつきを皿の中へと移した後に、手を使いカニカマの身をほぐしていく。ほぐした身をまた別の皿に入れた俺は、大きめのボウルを用意して玉子をどんどんとボウルの中へと割り入れていく。
必要な分の玉子を割り入れた後は、黄身と白身が分かれていない状態までよく撹拌していく。
それらの賄いの為の材料の仕込みを終えた俺は、今度こそはとパイプ椅子を持ち出して腰を下ろし、タバコに火を点けて煙を肺いっぱいまで吸い込んだ後にゆっくりと紫煙を吐き出しながら、一仕事終えた自分の心を労った。