お買い物
既に太陽は西の空の上で赤く色を染めている時間になのにジリジリと焼き付くような熱気が籠る車の運転席へと乗り込んだ俺は、エンジンの始動と共に車のエアコンを全開にさせた。
熱を伴う風が俺の顔や体に当たるが、しばらくもすれば心地よい冷風を吹き出してくれる事だろう。
俺は昨日バイト先であるホストクラブに新たに出す夏限定のデザートの試食が上手く行き、店長からのGOサインを貰えた事でそのデザートの為の買い出しに向かおうとしていた。
もちろん、それだけが目的では無く普段使いのオツマミの材料の補充、フルーツの補充。若手ホスト達がきっと楽しみに待っていてくれてるであろう賄い飯の買い物も兼ねてである。
西陽の眩しい道を車で走らせて到着した場所は、昔から馴染みにしていて、また通い始める事になった大将が経営している果物屋だ。
決して大きな店とは言えない規模の店ではあるが、大手のデパートやスーパー等では手に入れる事が困難な、珍しいフルーツ類を取り揃えている。
俗に言う所の職人の為だけの店。と言うやつだ。
俺は店の駐車場に車を停めた後、店先に並んだ色とりどりのフルーツ達を眺め、店で普段使いする為の物をいくつか、買い物カゴの中へと収めていく。
一通り必要な物をカゴに入れ終え、夏限定のデザートに使う桃が数種類並んでいる売り場の前で、どの桃を使おうかと思案していた俺の前に店の大将がいつもの陽気な笑顔を浮かべてやって来た。
『氷室くんおはよう、今日もありがとうね』
『桃?何に使うの?』
大将に聞かれた俺は、どの桃が一番合うのかと言う事に悩んでいた事もあり、ここは一つフルーツのプロである大将の意見に従ってみる事にした。
「桃のコンポートを作ろうと思うんだけど、どの桃が一番かな?」
俺からの質問に大将は、小さく呟くような声で桃のコンポート……桃のコンポートねぇ……と言いながら、自分が朝並べたであろう桃に目を向けた。
『そのまま食べるんじゃなく一手間加えるって事を考慮して……佐渡の姫なんかが良いんじゃないかな?後はアクセントにコンポートにしないで光月か黄金桃の黄桃を使うとか』
その言葉を聞いて、爽やか系な桃を煮込む方に使い、黄桃特有のネットリとした甘味を持つ桃をそのままアクセントに用いる。と言う大将の出してくれた提案にそのまま乗っかる事にした。
佐渡の姫と黄金桃をそれぞれ頭の中で既に出来上がっていた完成品の桃のコンポート。大体15~20品ぐらいは注文が来るだろうと予想して必要な分の桃をカゴに入れた。
会計を済ませた俺は、いつものように領収書とお釣りを自分の財布に入れて、フルーツの入った袋をぶら下げ車に戻る。
車のトランクを開け、クーラーボックスの中へとフルーツを入れた俺はまた運転席へと移動した後に大将の店を後にした。
次に業務用スーパーへとやって来た俺は、店で出すオツマミの為の材料を次々と買い物カゴに入れた後、冷凍食品が売っている冷凍ケースの横に並べられたアイス等が売られているケースの前に立つ。
バニラ味のアイスクリームとチョコミント味のアイスクリームの業務用の大きなプラケースをそれぞれ1つずつカゴに入れ、レジに向かった。
全ての買い物を終わらせ、いつもの店の近くのコインパーキングに車を停めたのは午後8時を少し回る時間だった。
肩に巨大なクーラーボックスを担ぎ、両手に買い物袋をぶら下げホストがひしめき合うこのエリアを闊歩する今日の俺の出で立ちは、タンクトップのシャツにデニム生地のダボっとしたハーフパンツにビーチサンダルだ。
このエリアに似つかわしく無い姿の俺は今日も、チラホラと姿を見せ出したホスト達や街行くお姉さん達から好奇な目を向けられている。
店に到着した後は、いつもの裏口へと回り裏口のカギを開けて店の中へと足を踏み入れた。
空調の止まっている店の中は熱気でムンムンとしており、俺はキッチンの電気を点けると共にエアコンのスイッチを最大にした。