賄いギリギリにつき手抜き
桃のコンポートを作り終えた俺は、次こそ賄い飯の仕込みに取り掛かる。今日も暑かった夜とは言え蒸し暑い中、歩いて店まで来る若手のホスト達に、さっぱりとした物でも食わせてやろうかなぁと思いながら、冷蔵庫の中に入っている食材を物色する。
「おっピーマンがそろそろヤバそうだな」
俺は冷蔵庫の隅にあったピーマンに目を付けて指先でピーマンを触ってみると張りが無くなり掛けていたので、早めに賄い飯の具材として使い、処分しようと決めた。
「ピーマン、ピーマンか……ピーマン……」
ピーマンピーマンと呟きながろら、頭の中で賄い飯のレシピを思い出す。しばらくピーマンを手の中で転がしながら思案していると、一つの料理が頭の中に浮かんだ。その料理は、夏場にはピッタリのスタミナも付けられる料理だったので、その料理を作る事に決めた。
「えっと……確かこの前の賄いでパスタ作った時の余りが……」
俺は冷蔵庫の中を物色して、バジルと牛の挽き肉を取り出した。
賄い飯に必要な具材を全て用意して、まな板の上に乗せた後、調理を始める。先ずはピーマンを大体2cm角ぐらいの大きさに揃えてカットした。ガスコンロに大きめのフライパンを乗せ、火を点ける前にオリーブ油とごま油を少々入れて、チューブに入ったショウガを加える。
「本当はニンニクなんだが、ホストに仕事前にニンニク食わせる訳にもいかないからな……」
そこに半分に千切った鷹の爪を2本ほど加えてから火を点けた。
これはイタリアン等でよく使われる手法で、冷めた油を熱すると共に香りや辛味を引き出す手法だ。
こうすると、香りと辛味がより引き立つ。
フライパンが十分に熱せられた後、牛の挽き肉を加え、肉を解すように混ぜながら炒める。
挽き肉に大体火が通った頃合いを見計らい俺は、切っておいたピーマンをフライパンの中に入れた。強火でフライパンを振りながらピーマンが少ししんなりとするまで炒めた後、ナンプラーとオイスターソースで味付けをして、バジルを手で千切り加えた。
賄い飯を食べる若手のホスト達の人数分の皿を食器棚から出していた時に、店のフロアから人の話し声が聞こえてきた。
俺はその話し声を聞きつけ、店に出勤してきた事を確認して、賄い飯を掃除が終わるぐらいの時間に合わせて作るように、調理の手を一旦休め、何時ものパイプ椅子に座りタバコに火を点け、その時間が来るまで休憩する事にした。
暫く経つと表のフロアからカウンターを抜けキッチンの中に、ひじき君がやって来た。
『あっ氷室さんおはようございます、あの……今日って』
「うん? どうした?」
『今日って賄い無しとかですか?』
ひじき君にそう言われて俺は、慌ててキッチンの壁に掛かっている時計を見た。ちょっとぼーっとし過ぎていて、時間が思いの外過ぎていた事に気付いていなかった。
「あっごめんごめん、後は盛るだけだから、すぐ出来るから」
ひじき君に声を掛けて貰って時間が迫っている事を認識した俺は、少しだけ手抜きをさせて貰う事にした。
本来は、フライパンで炒めた具材をご飯の上に掛けた後、目玉焼きを乗せて完成なのだが。人数分の目玉焼きを焼いてる時間は無さそうだと判断し、出来合いの温泉玉子を使う事にした。
皿に山盛りのご飯をよそい、その上に炒めた具材を乗せ、最後に温泉玉子を割り落とす。人数分同じ事を繰り返した後、冷蔵庫の中からライムを一つ取り出し、ペティナイフを使い、人数分くし形に切り皿の隅に添えておいた。
ライムを絞ってから食べるとライムの酸味のおかげでご飯が進む。
こうして俺は本日の賄い飯【ガパオライス(モドキ)】を完成させた。
皿をどんどんキッチンからカウンターに運び、カウンターの前で賄いが出来るのを待っていたホスト達に、遅くなった事を詫びてから、好みでライムを絞ったり、チリソース代わりのタバスコを掛けたりして食うようにと伝えた。