ひじき君とチョコレート
店長からの課題をクリアして、メニューに新しいオツマミが追加する事が正式に決定した。
店長が1つ食べてしまったが、皿の上にはまだビターチョコで作ったジャンドゥーヤのクマさんと、抹茶チョコで作ったカエルちゃんやストロベリーチョコで作ったハート等が残っている。店長に全部食うか? と言う意味を込めて皿を手に店長の方に少し差し出すと店長は首を横に振った。
それじゃ、まぁ誰かチョコが好きな奴にでも。そう思って周りに視線を飛ばした時に、予想外と言われたら予想外の奴から声を掛けられた。
『氷室さんそのチョコレートってまだあるんですか?』
俺は声のした方を見ると、キッチンからカウンターに続く出入り口の所に立っている【東堂聖ことひじき君】が目に入る。
俺は、ひじき君が食いたいのかな? そう思い、ひじき君の方に皿を突き出して【食うなら取りに来いよ】と言うジェスチャーをした。
ひじき君は苦笑いを浮かべながら。
『食べたいんじゃないんですよ、まぁ……食べたくない訳でもないんですが……』
食べたいのに、食べたくない? コイツは何を言ってるんだ? と頭を悩ませると、ひじき君がチョコを欲しいと言った理由を話してくれた。
ひじき君達、若手のホスト達は毎日店に出勤すると、開店前に店の掃除などの雑用を義務付けられている。その雑用が済んだ後、俺が作った賄い飯を食べ店の外、夜の繁華街へと繰り出して街を歩く女性。仕事帰りの風俗嬢やキャバクラ嬢達の中で、店に未だ来た事が無い人、所謂【初回サービス】を受けられる対象者に声を掛け、店に遊びに来ないか? と言うまぁ一見ナンパのような営業活動をしている。
ひじき君が言うには、今日の外回りの時に、そんな初回サービスを受けられる対象者を一人見つけて、店に遊びに来ると言う約束を取り付けたらしい。何やら用事が少しあるとの事で、直接一緒に店に来る事は叶わなかったが必ず後から遊びに来るから。そう言われたらしい。
『それ、でも本当に来るのか分からんだろ?』
俺の横で、ひじき君の話を聞いていた店長が、そうだよな。と思う事をひじき君に言う。ひじき君も何度もそう言う経験があるのか、約束自体は話し半分程度しか信じてはいないようだが、本当に遊びに来た時に、俺が作ったチョコレートのオツマミを使い更なる営業をして、是非とも自分の担当の客にまでして若手の雑用等をしなくてはならない今の地位からの脱出を図っているようだ。
まぁ……俺としては、ホスト達の役にも立つならいくらでも俺が作るオツマミやフルーツの盛り合わせを使ってくれて構わない。むしろ、そんな使い方をしてくれるなんて嬉しく思う。だから今、ひじき君から提案された事に付いて異論は一切無い。無いのだが……
この皿に乗ってるチョコレート菓子のオツマミは、試作品だ。店長から合格を貰えた物ではあるが、店長は俺の作り置き等の仕込みに掛かる時間等も考慮してくれて、来週から客に提供する。と言う事を決めたんだと思う。そこに今日、余っている試作品と言え使ってもいいのか? と言う問題は残る。たかがキッチンの担当者である俺の一存では決めかねる事なだけに、店長の許可が必要だろう。
「店長からOKが出るなら、ひじき君が使ってもいいぞ、後1個は完成品を作れるだけの材料は残ってるから」
俺の言葉を受けて、ひじき君は店長に【お願いします】と使う許可を取ろうと必死に頼んでいる。俺はその姿を見て、ひじき君もひじき君なりに、頑張ってホストとしてやっていきたいと思ってるんだなぁ……そんな事を考えていた。
そしてひじき君の必死の頼みを受けた店長は、客の全く居ないヘルプにしか着けない現状から抜け出したい! と言う思いに応えるように、ひじき君に許可を出した後、俺に【そう言う事だから、氷室君も協力してあげて欲しい】そう言ってきた。
最初から異論も無い俺なのだが、体裁と言う物を取る必要がある場面で、きちんと体裁を取れる店長の心意気に俺は【業種は違うがプロはどこに行ってもプロなんだな】そう感心していた。
「それじゃまぁひじき君が使うのはOKとして、いくらにします? ひじき君から貰うチョコレートの代金は」
俺が店長にそう言うと、ひじき君は驚いた表情を見せる。
「いや、何を驚いてんだよ? お前は、当たり前だろ? お店のお金で買った材料で、お店のお金で雇われてる俺が作った物を客に出すんだから、値段が付くのは」
俺が当たり前の事をひじき君に説明すると、店長から。
『氷室君の言う通りだね、でも試作品だし俺の店で働く若手のホストが今のヘルプホストから抜け出す為なんて、カッコいい理由も知れたから従業員価格でいいとして……クマさん一個で150円だっけ?』
店長が俺に再度、原価を聞いて来たので俺は頷いて答える。
『クマさん二個と飾りのチョコレート合わせて、そうだなぁ……500円ぐらいかな?』
店長の口からチョコレート菓子自体の従業員価格が言われた。その値段を聞いたひじき君は、予想以上に安かった事に素直に喜んでいたが……
『それにプラスして氷室君の時給の3,000円足して3,500円だな』
そう言った。
ひじき君は500円が一気に7倍の値段になった事にも驚いていたが、何より。
『え? 氷室さん時給3,000円も貰ってるんですか?』
俺の時給額に驚いていた。
『え? 氷室君だよ? 聖お前も見て来たろ? 氷室君の作ったオツマミやフルーツの盛り合わせを、アレを作れる人の時給が普通のバイトと同じ訳無いだろ?』
店長がひじき君にそう言うと、ひじき君も納得したのか、何度も頷いているのだが……
『氷室さんの二時間が俺の一日分かよ……』
そう悲しい現実を呟いていた……