ケーキとチョコレートファウンテン
ほんのりいつもより長めです。すみません。
仕込みに疲れ果てた俺が買ってきた牛丼弁当を美味そうに食ってくれてる若手のホスト達を、感謝の気持ちを乗せて微笑ましく眺めていた時。一人の若手ホストの【工藤 龍】から声を掛けられた。
『氷室さん、そろそろ例のヤツお願いします』
そう言われた俺は、ふと携帯を取り出して時間を確認した後に、工藤に頷いて答えた。
「あっひじき君、俺と工藤ケーキ取りに行くから、外回りの時カギ閉めておいてな、無人になるから」
ひじき君に一声掛けた後、工藤と二人で連れ立ってキッチンにある裏口から外に出て、裏口のドアにカギを掛けた。
そのまま俺が何時も車を停めているコインパーキングまで並んで歩いていると。
『氷室さん、すんません車を出して貰って』
「うん? あぁ気にすんなよ」
今から工藤と俺は、深夜まで営業をしているケーキ屋に事前に工藤が注文しておいた、今夜店で開かれる早乙女の客への誕生会に出すケーキを取りに行く。
「しかし、早乙女の客だろ? 何で工藤がケーキを?」
今から取りに行くケーキは、早乙女が工藤にお金を渡して頼んだ物では無く、工藤本人が少ない給料の中から早乙女の客の為に買ったケーキだ。
『美幸さん俺の事を気に入ってくれて、お店に来る度に必ず俺をヘルプで呼んでくれるんですよ、ヘルプ手当てでかなり助かってますから、ケーキぐらいはプレゼントしたくて』
そんな工藤の動機を聞いた俺は。
「そっか~俺はホストの事は何も分からんけど、お前きっと良いホストになれるよ、そんな気がする」
根拠も何も無いが、そう思ったので工藤に伝えると、工藤は、はにかむように微笑んだ。
車に付いた俺達二人は車に乗り込み、10分ほど車を走らせた先にある、ケーキ屋へと向かった。
ケーキ屋に無事に到着して、工藤が誕生日ケーキを受け取った後、また車を走らせたて店へと戻って行く。若手ホスト達は仕事として酒を飲むからと言う理由で、俺が車を出して乗せて行ってやる事は、事前に決まっていた。
店まで戻った俺達は、また裏口から店の中へと入り俺はそのまま冷蔵庫のトビラを開いて少し中の物を整理してスペースを作ると。
「ほら、工藤ケーキ貸してみ」
そう言って工藤から受け取ったケーキを冷蔵庫の空けたスペースに納めてトビラを閉めた。
「開店時間には来る予定なんだろ?」
お店としては、大切な客の為に行う誕生会は別段いつ始めても構わないのだそうだが、祝って貰う本人が時間を遅くして、店が混雑する時間から始める事を遠慮したらしく、開店時間から直ぐに店に来る事になっていたはずだ。
『はい、もう後1時間もしたら来ますね、なんかドキドキしてきましたよケーキ喜んでくれるかな?』
俺は工藤に笑い掛けてやり。
「お前の真心がこもってるんだから、喜んでくれるに決まってるだろ」
そう言ってやった。
そして俺は工藤に俺が自分の部屋から持ってきた、押し入れの奥で眠っていた器具を渡す。
「これ持ってけ、1番テーブルだろ?」
工藤に客が座る事になるテーブルに器具を持っていかせる。
『そう言えば……氷室さんコレ何です?』
「うん? 内緒」
そっか工藤はコレが何か分からないか。まぁ未だそんなに知れ渡ってる訳でも無いしな。だからこそ、インパクトがあるって提案したんだが。
工藤に荷物持ちをさせた俺は、先に店のフロアに行きトイレの横の小さな倉庫に向かった。倉庫のトビラを開けて、延長コードを取り出した俺は1番テーブルに向かう。テーブルの上には既に工藤が持ってきた物が置かれていたので、俺は延長コードを使い器具とコンセントを繋いで、加熱にスイッチを入れておいた。
「それじゃ俺は、キッチンで最後の仕込みするからな、これ触るなよ火傷するぞ」
それだけを工藤に言い残し、俺の仕事場のキッチンに戻った。
キッチンに戻った俺は、一度溶かして牛乳と混ぜ合わせたチョコレートの入ったボウルとヘラを持ちフロアの1番テーブルへと舞い戻って来た。
工藤は、興味津々なのか俺のやる事を、真剣な顔で覗き込んでいる。
『氷室さん、話し掛けても大丈夫です』
「うん? 何?」
『何してんすか? それ』
俺がボウルから固まりかけているチョコレートをヘラで掬い、器具へと流し込んでるのを見て、何をしているのか聞いてきた。
「工藤、お前チーズフォンデュって料理知ってるか?」
『はい、一度美幸さんと早乙女さんに連れていって貰ったレストランで食った事あります』
「そっか~それじゃ【チョコレートフォンデュ】は?」
俺はチーズフォンデュを知ってるなら、チョコレートフォンデュも知ってるかな? そう思い聞いてみた。
『それは知らないっす……けど……フォンデュだからチーズがチョコレートになったやつです?』
「そう正解、コレはまぁ平たく言えば、チョコレートフォンデュをテーブルでやるための機械ってやつだ、正確にはチョコレートフォンデュでは無いがな」
そう言って、ボウルの中のチョコレートを全て流し込んだ後に、スイッチを一つ入れると機械から小さなモーター音が鳴り機械が作動を始めた。
「ほら、見てろよ、すごいぞ」
俺が工藤に機械に注目してろ。そう声を掛けた後に、二人して機械を眺めていた。暫くするとチョコレートが十分に加熱され溶けてきた事により機械の下に付いている、吸い上げ口に流れ込んだチョコレートが、モーターにより上に吸い上げられたチョコレートが、4段の皿が縦に並んだ1番上の皿の真ん中から流れ出し、一回り大きな2段目の皿へと流れ、更に3段目、4段目と続き、まるでチョコレートの流れる【噴水】のようになっていった。
『な……何すか? 氷室さん』
「コレは【チョコレートファウンテン】って言う名前の付いた物、チョコレートフォンデュを更に見映え良くして食べる為の機械だよ」
そう言った後に、少しだけ待ってろと工藤を待たせて俺はキッチンへと戻った。チョコレートファウンテン専用フォークは客に出す為に使わず、竹串に冷蔵庫に入っている、飾り切りも何もしていないイチゴを刺した物を2つ用意した。
工藤の元に戻った俺は、竹串の1本を工藤に渡してから、使い方を教えるかのように工藤の目の前で、竹串に刺したイチゴを、噴水のように上から下に流れ落ちていくチョコレートの中に軽く突っ込んだ後直ぐに引き抜いた。そして表面にチョコレートが付いたイチゴをそのまま自分の口の中へと放り込んだ。
「ほら、簡単だろ? お前もやってみろ」
工藤にも1度試させる。これは工藤を驚かせてやる事はモチロンの事、チョコレートファウンテンを客が知らなかった時には工藤に説明をさせる。と言う目的も含まれていた。
『なるほど、コレめっちゃオシャレじゃないですか! 後めっちゃインパクトもあるし! コレ絶体に美幸さん喜んでくれますよ!』
やたらと興奮した工藤の顔を見て、俺は少しだけ得意気に微笑んだ。




