誕生会の為の仕込み。その2
一番手間が掛かり一番面倒くさいフルーツの仕込みが終わった俺は、かなり気が楽になった。
時間的な余裕も生まれた俺は、パイプ椅子に腰を下ろしてタバコを吹かし本格的に休憩を取る事にした。もちろん体は休めているが、頭の片隅では次にやるべき作業の行程を頭の中で反復させていた。
タバコを吹かしつつ、カウンターから取ってきたコーラの炭酸の刺激を楽しみながら十分な時間休息を取った俺は、腰を上げて次の仕込みへと取り掛かる事にした。
食器棚から、籐か何かの蔓で編み込まれた小振りの可愛らしい持ち手の付いたカゴを一つ取り出して、その中に紙ナプキンを敷いた。そこに、菓子問屋直営の店で購入してきた。ウェハース、マシュマロ、波形の付いているポテトチップス等を盛り付ける。
これで、フルーツと一緒に楽しむ物だが、フルーツとは違ったアクセントになる物が出来上がった。
次に俺は、調理器具入れから大型の鍋を取り出しその鍋に水を張りガスコンロに置いて火にかけていく。
お湯が沸騰するまでの時間を使い、調理器具入れの中から、大小のサイズのステンレス製のボウルを一つずつとシリコンヘラを調理台の上に置いて準備をしておいた。
鍋に張った水の状態を一度確認して、まだ沸騰してない事を確認した俺は、キッチンからカウンターへと移動して、カウンターに備わっている冷蔵庫から牛乳パックを取り出して、パックごとキッチンの中に持っていった。
それから暫くして鍋の水が沸騰したので、大きめのステンレス製のボウルに鍋のお湯を慎重に移し変えていく。そして、小さめのボウルの中に、買ってきたチョコレートを適当に放り込み、お湯を移したボウルの上にチョコレートを入れたボウルをそのまま浮かべて、湯煎をしてチョコレートを溶かしていく。適量になるまで、袋のチョコレートを時々ボウルに移しては、ヘラでかき混ぜる。
そんな作業を何度か繰り返した後、もう足りそうなぐらいのチョコレートが溶けたと感じた俺は、溶けたチョコレートの中に牛乳を静かに流し入れ、温度が下がりチョコレートが固まらないように注意しながら、牛乳と溶けたチョコレートをムラ無く混ぜ合わせる。
牛乳入りのチョコレート溶液を作った俺は、一度ボウルごと大きなボウルから外して、調理台に置いておく。後からまた溶かすので、ここで固まってしまっても問題は無かった。
こうして、全ての仕込みを終わらせた俺は、時計の針を確認した後、そろそろ若手のホスト達も店にやって来る時間だと判断して、仕込み作業から、若手のホスト達に食べさせる賄い飯を作ると言う調理にシフトさせていったのだが……
「う~ん……なんか疲れ切ったな……賄いどうしようかねぇ……」
肝心の俺は、仕込みでかなりの労力を使い果たしていたので、賄いを作る気力がイマイチ湧いて来ない。
「仕方ないか……今日は我慢してもらうかね~」
そう呟いた俺は、自分の履いているズボンのポケットの中から、カギの束を取り出すとカウンターへと向かった。
カウンターの隅にいつも置かれている小さなメモ用紙の一番上の紙に。
【買い出しに出てます、キッチンの物に勝手に触らないように 氷室】
と言う若手ホスト達に宛てたメモ書きを残して、キッチンの裏口から外に出て、ドアにカギを掛けて、夜の帳がすっかり降りてネオンが目立つ繁華街を少しだけ急ぎ足で駆けていった。
買い出しを終わらせて店に戻って来た時には既に、若手のホスト達は店にやって来ていた。俺は買ってきた物を袋に入れたままで、カウンターへと向かい、カウンターの上に袋から取り出して、1個ずつ並べて置いていく。
「メシ~」
マイクを通して若手ホスト達を集める言葉を言うと、直ぐにワラワラと若手ホスト達がカウンターに集まってきた。
「え~ごめん、今日は誕生会の仕込みが大変で賄い作る気力が無くなった、そこで今日だけは、コレ食べてくれ」
そう言って、俺はカウンターに並べたお持ち帰り用の牛丼が入った容器を指差した。
若手ホスト達も今日、何が店であって、その為に俺が早くから店に来て仕込みをしている事は知っていた為に、文句の一つも言わずに、牛丼弁当の容器を手に取りフタを開けて食べ始めてくれた。
「あっ出来合いの物にしちゃったお詫びに、特盛肉増しだからな」
そう言うと、若手ホスト達から俺に向けて。
『『氷室さん仕込みお疲れ様です』』
『『牛丼でも全然大丈夫ですから気にしないで下さいね』』
『『明日からはまた美味い賄い期待してまーす』』
等の言葉を掛けて貰えた。コイツら本当に良い奴等ばかりだよなぁ……
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